第93話 真夜中の物音②

「美衣子ちゃんって呼んでたから来たけど……」


すっとぼけた調子のセリフ混じりでドアを開けた美衣子は絶句して、その場に固まってしまった。目の前で起きている光景にすぐには頭が追いつかなかった。


そして、それは茉那と美紗兎も同じようだった。向こうも入ってきた美衣子のことを見て、固まっている。


「な、な、なんであんたたち素っ裸なのよ……」


美衣子が喉の奥から掠れた声を絞り出した。美衣子の視線の先では、何も纏っていない美紗兎が、同じく何も纏っていない茉那の乳首の先に指先をソッと乗せていた。


しかも、なぜか美紗兎は美衣子のフリをしていた。


「み、美衣子さん、これは、その……」


美紗兎が必死に弁明しようとしているけれど、どう説明されても納得できる気はしなかった。美衣子が家にいるのに、美衣子の格好でエッチをしていたという状況を一瞬で飲み込めるほど、美衣子は柔軟ではない。


「ごめん、ちょっとムリかも……」


美衣子は頭を抱えたまま、無地の長袖ルームウェアのまま外に出ようと玄関に向かった。


「あ、美衣子さん、待ってください!」


美紗兎の呼び止める声と、それに続いて茉那の啜り泣く声が聞こえてきたけれど、気にせず外に出た。


別に美衣子がいる中で2人で性的なことをしていることまでは気にしないつもりだった。たとえ美衣子がいたとしても、茉那の家で茉那が何をしていようが勝手な訳だし。


ただ、そこになぜか自分の役を演じている美紗兎がいるとなれば話は変わる。


すぐには理解なんてできない。場合によってはもうこのまま茉那の家には戻れないかもしれない。


「寒っ……」


マンションのエントランスを出ると、秋の夜風が吹きつけた。薄手のルームウェアだとかなり寒いけど、頭を冷やすにはちょうど良いかもしれない。とりあえず24時間営業のファミレスにでも行って今晩は一人で過ごそう。


それでも納得できなければ、茉那の家以外に泊まれる別の場所を探すか、諦めて実家に帰って元通りの堕落した生活に戻るか判断しなければならない。


そんなことを思って早歩きで前に進んでいると、突然後ろから手首を掴まれた。


「誰よ!」


夜中に薄着で外出していたから、不審者に遭遇してしまったのかもしれないと思い、慌てて後ろを振り向いた。


「み、美衣子さん、ごめんなさい。わたしが悪いんです……」


立っていたのは震えた声の美紗兎だった。不審者じゃなくて良かったと、少しホッとした。


けれど、先ほどまで裸だったから服を着る必要があったのに、ここまで随分と早く来れたのだなと不思議に思う。


ロングコートを羽織って、サンダルを履いてきている。冷え込んではいるけれど、まだコートを着るには早い。違和感の拭えないその格好を見て、察した。


「ねえ、まさかと思うけど、コートの中は裸のままってわけじゃないでしょうね……」


美衣子が囁くように小さな声で尋ねた。美紗兎は「まあ……」と歯切れの悪い答え方をしたからきっと答えはyesなのだろう。


「ちょっと、美紗兎ちゃん、早くかえったほうが良いわよ!」


不審者ではないと安心したのも束の間、まさか美紗兎が露出狂みたいな格好で追ってくるなんて。


「美衣子さんも一緒に帰ってくれるのなら、今すぐに帰ります」


「それはムリ。美紗兎ちゃんもあんなもの見せておいてよく言えるわね」


「その話は本当に申し訳ないですし、説明もゆっくりさせてもらいます。だから、とりあえず一旦茉那さんのとこに戻りましょう」


「だから、嫌だって言ってるでしょ。本当に混乱してるの。すぐに飲み込めないのよ」


「じゃあ、ちょっとしたら茉那さんの家に戻ってきてくれますか?」


「……それはわからないわ。ていうか、なんでさっきから美紗兎ちゃんは帰ってきて欲しがってるのよ? 美紗兎ちゃんからしたら、わたしがいない方が都合いいでしょ?」


美紗兎はきっと茉那のことが好きなのだ。それも、美衣子がいるにも関わらずイチャつくレベルで。なら、美衣子は邪魔なのではないだろうか。


だけど、美紗兎は首を横に振った。


「茉那さんが悲しんじゃいますから、美衣子さんには茉那さんの家にいて欲しいです。わたしは絶対に茉那さんを悲しませたくないんです」


「わたしの都合を無視してでも?」


嫌味のつもりで聞いたのに、美紗兎は気にせず、真面目な顔で大きく頷いた。


「話にならないわね」


美衣子が気にせず歩こうとしたけど、美紗兎が後ろから美衣子に抱きついて、動きを止めようとする。


「やめてよ、変態!」


「なんとでも言ってください。何を言われても絶対にやめませんから!」


思ったよりも美紗兎が本気みたいで、美衣子はため息をついた。


「……わかったわよ。とりあえず事情だけ聞かせてもらえるかしら? それから判断するわ」


「家に戻ってくれるんですか?」


抱きついたままだから表情は見えないけど、声がとても明るくなったのはわかった。


「家は嫌よ。ファミレスでも行って話しましょ」


ファミレスに行って半裸の美紗兎が不審者扱いされたらそのときはそのときだ。この状況で美紗兎の心配をしてあげるほどには美衣子は優しくないと自負している。


「もし納得しなかったらそのまま出ていくからね」


美紗兎が、わかりました、と頷いた。

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