第92話 真夜中の物音①

自室に戻った美衣子は久しぶりにソシャゲアプリを立ち上げてリオン様の麗しくカッコいいお顔を見ようと思った。今の美衣子に選べる唯一のストレス解消手段である。


一時期よりもリオン様への愛は下がっている気はするけれど、それでもやっぱりイケメンは眼福になる。


ログインボーナスをもらうのも随分と久しぶりだった。謎の秋の芋掘りイベントの告知とか、アップデートのお知らせとか、そんなものは連打ですっとばして、急いでホーム画面のリオン様の姿を見る。


背が高くて綺麗な黒髪をしていて、凛々しい目つき、そして知的で運動神経も良い見た目も中身も優れたキャラクター。


(やっぱりリオン様って、なんとなく灯里に似ているのよね……)


そんなことを考えてしまって、慌てて首を横に振った。そんなわけないのだ。麗しいリオン様と、憎らしい灯里を一緒にしてはいけない。


(でも、灯里って見た目はとっても綺麗なのよね……。それに、彼氏を取られるまでは悪い人ではなかったし……)


また変なことを考えてしまって美衣子は慌てて首を横に振った。


こんなにも灯里のことを肯定的に考えてしまうなんて、きっとさっきの茉那の恋愛経験に相当動揺してしまったに違いない。ほとんど同じくらいと思っていた茉那は、美衣子とは全く別の世界を生きていたなんて……。


結局、せっかくの麗しのリオン様の姿も脳内で灯里が何度もカットインしてくるせいで、まったく癒しにはならなかった。


美衣子はもうソシャゲアプリの画面を閉じて、スマホも消してしまった。


「かなり早いけどもう寝るわ……」


何をする気も起きないし、さっさと眠ることにした。眠りについている途中で、茉那をお祝いするハッピーバースデーの曲が聞こえたような気がした。


(わたしがいなくてもとっても楽しそうね……)


それから3時間ほどが経って、美衣子は目を覚ました。スマホで時刻を確認すると、AM1:30と画面に表示されていた。いろいろなことがありすぎて、熟睡できなかったみたいだ。


目を覚ました美衣子は喉が渇いていることに気がついた。


「晩御飯、塩分が多かったかしら……」


水を飲もうと思い、とりあえずダイニングへと向かった。その途中、静かな廊下に出ると、茉那の部屋の方から音がしていることに気がついた。2人ともまだ起きているのだろうか。


1:30ならまだ全然起きていてもおかしくない時間だし、仲の良さそうな2人ならこの時間までお喋りをしていても不思議なことではない。


だから、本来ならば人の話を盗み聞きするのも悪いから、さっさとその場を立ち去るべきだった。だけど、その話の中身はスルーできないものだった。


「美衣子ちゃん……」


(わたしの名前……?)


茉那と美紗兎が寝ている部屋から美衣子のことを呼ぶ声がした。きっと夜中じゃなかったら気がつかなかったと思うような、小さな声で。


呼ばれたから部屋の前まで向かったけど、寝ているはずの美衣子の名前を呼ぶなんて随分と不自然な気がする。そもそも、美衣子は本来自室にいるはずなのだから、そんな囁くような声量では小さすぎて美衣子の部屋までは届かないと思うし。


「ねえ、美衣子ちゃん、一緒にケーキ食べたかったよ」


茉那の甘えたような声に、美衣子が「さっきは悪かったわ」とドアの外から答えようとしたら、それよりも先に美紗兎が答えた。


「ごめん、茉那。お詫びにこれからお祝いしましょ。ケーキよりも、もっと甘いものをあなたにあげるわ」


「うん……」


部屋から聞こえる声を聞いて、美衣子が背筋を震わせた。


(どういうことよ……。どうして美衣子と言われて美紗兎ちゃんが答えてるのよ……)


茉那と美紗兎が美衣子のことを小バカにするために美衣子のマネをしているのだろうか。仲良くしてくれていたのに、美衣子のことを陰で嫌っていたのだろうかと思い、一瞬足元がふらついた。


さっきの晩御飯のときに美衣子の態度が悪かったから、美衣子のことが嫌いになったのだろうか。


わけがわからないまま、美衣子はドアの前で息を殺したまま立ち止まっていた。


「ねえ、美衣子ちゃん、わたしのこと愛してくれる?」


「もちろんよ」


(なんでわたしへの質問を美紗兎ちゃんが答えているのよ……)


よく聞いたら内容は悪口どころか、愛を伝える内容。これが嫌味の感情でしていることだとしたら、いよいよ訳がわからなくなってしまう。2人の真意がまったくわからない。


ただ一つ言えることは、このまま何も聞いていなかったかのように、この夜を無かったことにして、明日から2人とまた顔を合わせるなんてことができないことは確かだった。


一体どう言う意図をもって美紗兎が美衣子のマネをしているのか、この謎は今解くしかない。美衣子は恐る恐るドアノブに触れた。できるだけ、何事もなかったかのように装いながら、自然な笑みを浮かべつつ、ゆっくりとドアを開いていく。

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