第91話 茉那の誕生日④

「このドリアとっても美味しいですよ。さすが美衣子さんですね!」


美衣子と茉那の話を遮るみたいに、美紗兎が元気な声を出した。そして、そのまま流れるように茉那の口元にスプーンを運んでいく。


「はい、茉那さんも口開けてください。すっごい美味しいですから!」


「え、みーちゃん、美衣子ちゃんの前でそういうのは……」


困惑しながらも茉那は反射的に口を開けて、美紗兎のスプーンを受け入れた。茉那は困惑しているけど、美衣子が美紗兎と出会ってから、何度もこういうシーンは見かけた。


今までは2人のことをとっても仲の良いいとこ同士くらいの認識で見ていたけど、夕方の美紗兎との会話を経てからは少し見方が変わってしまう。


茉那が美紗兎に対してどういう感情を抱いているのかはよくわからないけれど、少なくとも美紗兎から茉那に向けている感情が、ただのいとこ同士のものには見えなかった。一度気になると、確認したくなってしまう。


なんとなく、美紗兎が美衣子と茉那の間に壁を作ろうとしているようにも感じてもやもやしていたから、抵抗の意味も込めて尋ねる。美紗兎がちょっとでも動揺したらそれで充分溜飲も下がるだろうし。


この状態でも料理のことを褒めてくれる美紗兎が本気で美衣子と敵対したいわけじゃないことはわかっているから、ほんの少しだけ困ってくれたらいいかな、くらいのつもりで話し始めた。


「ねえ、茉那って好きな人とかいるのかしら?」


もっと間接的に聞いて探りを入れようかと思ったけど、面倒くさいからそのまま聞いた。


「前も言ったかもしれないけど、今はいないよ。でも、美衣子ちゃん、いきなりどうしたの?」


茉那はとくに取り乱すこともなく、困ったように笑っていた。代わりにオレンジジュースを飲んでいた美紗兎が咳き込む。


「みーちゃん、大丈夫?」


茉那が慌てて美紗兎の背中をさすった。


「変なところに入ったのかなぁ?」


「だ、大丈夫ですよ」


心配する茉那に、美紗兎が咳き込んだまま無事を伝えた。明らかに慌てている美紗兎のことを一瞥してから美衣子が続けた。


「茉那ってすっごくモテそうだから、何か面白い恋バナとか聞けるかなって思っただけよ。今は好きな人とかいるのかしら?」


「えっと……、今もいないけど……」


美紗兎が胸の辺りを叩いて咳き込みながら、ほんの一瞬美衣子のことを睨みつけた気がしたけど、続けた。


「大学時代とかは、彼氏とかいたのかしら?」


「えっと、大学時代は……」


「いませんよ!」


考えあぐねている茉那のことを遮るように美紗兎が答えた。


「ねえ、美紗兎ちゃん、わたしは茉那のこと聞いてるんだけど?」


「だから、茉那さんには彼氏はいませんでしたよ。わたし、知ってますから」


また美紗兎が茉那のことを庇うみたいに強めの口調で話に割り込んでくる。


この場には3人でいるのに、茉那と美紗兎だけ何か秘密の共有をしているみたいで、まるでテーブルの向こう側に座る茉那・美紗兎と料理を挟んで敵対しているみたいに感じてしまう。


疎外感を感じてしまい、やっぱり良い気分はしない。そのせいで、美衣子も意地になって少し強めの口調になる。


「美紗兎ちゃんは随分と茉那のこと詳しいのね。でも、わたしは茉那の口から聞きたいの」


「だから、茉那さんには彼氏なんていなくて、——」


「いいよ、みーちゃん。別に隠すことでもないし」


茉那が美紗兎のことを制した。


「付き合ってる人、いたよ」


本当に隠すことでもないし、今の垢抜けた茉那に彼氏ができたことがないと言う方が不自然だ。だけど、その後に続けた茉那の言葉には美衣子は固まってしまった。


「多分、両手で数えられないくらい」


特に表情も変えずに伝えた茉那とは違い、美衣子は言葉を失った。高校時代の茉那からはもちろんのことだけど、今の茉那を見ても信じられない気がした。


灯里に彼氏を取られてから、数年間まともに恋愛をしていない美衣子としては、とっても厚い壁を感じてしまう。茉那は可愛らしいけど、大人しい。だから、茉那とは恋愛経験は似たようなものだと思っていたのに、話にならないくらい別物だった。


言葉を失った美衣子と、手のひらでこめかみを抑える美紗兎。空気が凍った部屋の中で、茉那は何事もなかったかのように、シーザーサラダのレタスを口に運んでいた。


「えっと……」


美紗兎がなんとか言葉を探した。


「ごめん、わたしちょっとお腹いっぱいになったから、先に部屋に戻るわ。適当にケーキ食べておいて」


「あ、美衣子さん……、今日はせっかくの茉那さんの誕生日なんですから……」


美紗兎が小さな声で弱々しく引き止めようとしたけど、茉那が「無理させたら悪いよ」とだけ言って美紗兎の言葉を止めた。


立ち上がった美衣子の目の前で、茉那は美紗兎の髪の毛を撫で始めた。その手つきは、あまりにも愛のこもったもので、やっぱり2人の関係がただならぬものであると確信してしまう。


そして、これだけ親密な2人の目の前にいる美衣子はおじゃま虫だ。きっと本当は2人だけで誕生日を過ごしたかったに違いない。


それなら家に住み込みで働かせたり、一緒に茉那のプレゼントを選びに連れ出さなければいいのに、と思ってしまう。


去り際に美衣子はもう一度確認する。


「ねえ、本当に茉那は好きな人は今いないのね?」


うん、と頷いた茉那に頭を撫でられている美紗兎がほんの一瞬寂しそうな顔をした。それを確認してから、美衣子は自室へと向かった。


結局、茉那と美紗兎の関係を探りながら、美紗兎をほんの少しだけ困らせようとしたのに、一番ダメージを受けてしまったのは美衣子だった。



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