第90話 茉那の誕生日③

「茉那、お誕生日おめでとう!」


「茉那さんおめでとうございます!」


ダイニングにやってきた茉那は、普段よりも時間をかけて作った料理を見て、目を見開いて驚いていた。


「え、すごい! すごいよ!!」


テーブルいっぱいに並ぶ料理を見て、茉那が胸の前で小さく手を叩いて喜んでいた。


「ちょっと作り過ぎちゃいましたけど、残ったら明日また食べましょうね!」


「ケーキも買っておいたからご飯の後に用意するわね」


うん、と茉那が頷いて嬉しそうに席についた。とりあえず、喜んでくれているみたいでよかった。


「こんなに凄いお料理だったら疲れも一気に吹き飛んじゃうよ」


「最近お疲れなんですか?」


美紗兎が茉那の前にアップルジュースを置きながら、心配そうに尋ねる。


「ちょっと寝不足気味なんだよね」


茉那が苦笑すると、美紗兎がさらに不安そうな表情をする。


「大丈夫ですか? もしかして、心配事でもあって眠れないんですか?」


「ううん、そう言うわけじゃないよ。みーちゃんと美衣子ちゃんがお家にいてくれたらやる気が漲ってくるから、やる気のあるうちに頑張っていっぱい投稿しようかなって思ってたら、いつの間にか明け方になっちゃってたりするだけ」


「あんまり無理しちゃダメよ」


「全然無理なんてしてないよ。2人の作ってくれる美味しいご飯のおかげで元気いっぱいだから大丈夫」


茉那がVサインを向ける。


「それに、これはわたしが好きでやってることだから」


好きでやっていること、と言われて、美衣子はこの前から聞いてみたかったことを口にした。 


「ねえ、わたし茉那の動画投稿ですっごく気になってることがあったのよ」


「気になってること?」


美衣子が頷いてから、答えた。


「この間久しぶりに再開した時から不思議だったのよ。茉那が動画投稿者として生活していることが。茉那のこと、高校生の頃は正直とっても地味な子だと思ってたから」


茉那は灯里と出会う前の美衣子と同じく、いつも一人でいて、どこのグループにも属せていなかった。もっとも、それが美衣子にとっては信頼に値する部分でもあったのだけど。


変なゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだから、目立っている子たちと仲良くすることは避けていた。それこそ、美衣子と仲良くなる前のクラスのど真ん中にいた時の、生徒会副会長の灯里みたいな子は苦手だった。


いずれにしても、茉那のことを目立つことが嫌いな子だと思っていたから今の状況は意外だった。


そんな美衣子の言葉を聞いて、茉那が静かに頷いたから続ける。


「だから、茉那と顔出しでの動画投稿なんてまったく結びつかなかったのよ。ましてやメイク動画メインでの投稿って、まるで別人みたいだったから。そもそも一体いつの間にメイクに興味なんて出てたのよ」


「大学時代に時間があったから、暇つぶしに動画投稿始めたんだ。そんなに深い意味はなくて、なんとなく、ノリで始めただけ。メイクは、ほら、就活とかにも必要だから、勉強のために」


答えている時の茉那は美衣子とは一切目を合わせなかった。その横で、不安そうに美紗兎が茉那と美衣子の顔を見比べていた。


今の茉那は高校時代とはすっかり雰囲気が変わって派手な感じになっている。けれど、性格は今でもどちらかといえば大人しそうで、高校時代から何も変わっていないように思えるのに。


「暇つぶしの動画投稿だったらもっと選択肢はあると思うけど、その中から顔出しでのメイク動画を選んだんでしょ? 大学デビューってこと? もしかして茉那、意外と大学時代に遊んでたりしたのかしら?」


もちろん、内気な茉那が男遊びをしているなんてことはないだろうと思って、冗談半分で聞いただけだ。茉那と夜遊びなんてもっとも結びつかないワードだ。


えっと……、と間を置いてから答えようとする茉那よりも先に、美紗兎が横から答えた。


「そんなわけないじゃないですか!」


「いや、わかってるわよ……。茉那に限ってそんなことないことくらい……」


冗談のつもりで言ったのに、美紗兎の言葉がとても真面目なトーンだったから、美衣子の方が言葉に詰まってしまう。これではまるで、美衣子が茉那を傷つけるために意地悪なことを言ったみたいではないか。


なんだか美紗兎と茉那から壁を作られてしまったみたいであまり良い気はしなかった。美紗兎は普段は優しい人だけど、茉那のことになると少し雰囲気が変わってしまう。


ビックリしたけど、気を取り直して話を続けた。


「でも、茉那ってもし動画投稿するにしても、顔出しとかしないタイプだと思っていたからとっても意外だわ」


「そうかもしれないね。わたしもあんまり自己主張するのは好きじゃないから。自分でも意外だな、とは思うかも……」


茉那が乾いた笑いとともに答えた。


「まあ、茉那は可愛いし、メイク動画を上げるのは天職かもしれないわね」


そんなことないよ、と両手を顔の前で振って否定する茉那は少しあざとかった。多分、動画投稿をしているうちに自分を可愛く見せる方法を勉強していったのだと思う。


今の茉那はどこかのアイドルグループとかにいてもおかしくないような雰囲気になっているから、結果的には動画投稿をするという判断は合っていたのかもしれない。


まあ、動画投稿を始めた理由はあんまり納得できるものではなかったけれど……。

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