第89話 茉那の誕生日②

美衣子と美紗兎がひと盛り上がりして店から出る時には、すでに空がオレンジ色に染まっていた。


「随分と日が暮れるのが早くなってきたわね」


「このところ一気に冷え込んできてますし、そろそろ冬が来るのかもしれないですね」


とりあえずプレゼントにちょうど良いものを買えて満足気なはずなのに、美紗兎は少し浮かないような顔をしている。


「あの、美衣子さん……」


美紗兎が喉の奥から振り絞るみたいな声を出す。今の空気感には合わない重たい声が気になってしまう。


「どうしたの?」


「せっかく美衣子さんと2人きりになれたから聞いておかないといけないと思いまして……」


「何のこと?」


「いや、えっと……。わたしが聞くのは出過ぎたまねってことはわかってますし、茉那さんと美衣子さんのことに首を突っ込みすぎるのはダメなことはわかってるんですけど……」


美紗兎が続きを言おうか逡巡していた。


「一体何の話よ?」


「あの……、美衣子さんは、茉那さんのこと好きなんですか?」


「もちろん好きだけど、いきなりどうしたのよ?」


美衣子が首を傾げた。茉那とは高校2年生の一時期とはいえ、美衣子にとってはきちんと心の底から仲良くできた数少ない友達だから、当然好きだった。


「そうですか……」


「何かまずいこと言ったかしら?」


美紗兎が慌てて首を横に振る。


「何もまずいことなんて言ってないですよ!」


ならいいんだけど、と美衣子が言おうとしたけど、その前に美紗兎がぽつりと呟く。


「ただ……、それなら早く思いを伝えてあげてほしいです……」


「思いって? 好きってこと?」


「そうです」


「そんなのわざわざ言わないわよ」


さすがに大人になって日常的に友達に好きを伝えるなんて恥ずかしいのだけど。


「だったら、ずっと感情がすれ違ったままになっちゃいますよ……」


「いや、すれ違わないと思うけど……。さすがに茉那も嫌いな子のこと住み込みで働かさないと思うし」


「茉那さんが美衣子さんのこと嫌いな訳ないじゃ無いですか……」


また話が噛み合わなくなってきている気がする。美紗兎は一体何を心配しているのだろうか。


「じゃあ、良いんじゃないの? わたしも茉那もお互いに仲良しだってわかってるんだから。何が言いたいのかわからないけど、わたしと茉那はお互いに仲の良い友達よ?」


「友達……? 好きって言うのは友達としてってことですか……?」


「もちろんそうだけど」


「あ、そうなんですね……」


美紗兎が俯きながら考え事を始めてしまった。


一体何を考えているのかわからない。とりあえず先ほどのやり取りから推測すると、美衣子が茉那と付き合っているのかどうかを心配していた風だけど。それも、他人の恋愛話を楽しむとか、そういう感情ではなく、かなり当事者よりの感覚で……。


「ねえ、わたしも変なこと聞くんだけど」


声に反応して、美紗兎が我に帰って顔を上げた。道を歩きながら聞くことではないかもしれないけど、お互い様だと思って美衣子も聞く。


「美紗兎ちゃんって茉那のこと好きなの……?」


「ほ、本当に変なこと聞かないでくださいよ……。わたしと茉那さんがそんな関係のわけないじゃないですか」


とても引き攣った笑顔で美紗兎が答えた。とても怪しい。


「ねえ、美紗兎ちゃん」


このまま、本当にあなたたちはいとこなの? なんてことを尋ねようとしたけれど、美紗兎が少し早口で、慌てて話を変えた。


「み、美衣子さん、茉那さん喜んでくれたらいいですね……!」


いろいろと気になることはあったけど、美紗兎の笑顔が苦しそうだったからそんな感情は飲み込んだ。さすがについ先日あったばかりの美紗兎と二人きりの場でこれ以上聞くと空気が大変なことになってしまいそうだ。


美衣子は珍しく大人の対応をして、話を変えることにした。


「料理も美味しいものたくさん作らないといけないわね。美紗兎ちゃんも手伝ってくれるのよね?」


「もちろんですよ!」


美紗兎がここまでの会話を無かったことにするためか、普段以上に元気よく返事をした。


「何にしようかしら。唐揚げに、ハンバーグに、海老ドリアとかどうかしら?」


「あんまり油っぽものばっかりだと、茉那さんのお肌に悪いんで、洋食にするにしても、シーザーサラダとか、豆腐ハンバーグとか、そういうものも用意したほうが良いかもしれないですね」


不自然なくらい楽しそうに、茉那のおかずを一緒に考えながら帰ったのだった。

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