第86話 晩御飯の準備

茉那の家のキッチンは広いから、2人で食事の準備をするためのスペースは優にあった。


美衣子は今、数時間前に会ったばかりの美紗兎みさとという子と一緒に食事の用意をしている。


茉那が自身のいとこと言って紹介していた美紗兎への第一印象は良い子そうという感じ。背丈が同じくらいで、髪型が大学に入学したばかりの頃の自分と似ているのもなんだか親近感がもてた。後ろ姿が似ていて、なんだか昔の自分を思い出してしまう。


「別にわたし一人で作るからいいわよ? 美紗兎ちゃんはせっかく茉那の家に遊びに来てるんだったらゆっくり寛いだら?」


茉那が撮影編集の作業をしているうちにご飯を作っていると、美紗兎も手伝うと言ってくれたのだ。好きでやっているとはいえ、一応住み込みの仕事としてやっているのに手伝わせるのは悪い気がする。


「お邪魔じゃなければわたしも一緒に料理作りたいです。わたしも美衣子さんの味を覚えて、茉那さんに振る舞ってあげたいですし」


「いや、お袋の味みたいに言ってるけど、わたしこの間から作ってあげるようになったばっかりよ……」


もしかして美紗兎は不思議ちゃんなのだろうか。とはいえ、別に邪魔ではないし、手伝ってくれるのならむしろありがたい。


「手伝いたいって言うのなら手伝ってもいいわよ。正直わたしも手伝ってもらった方が助かるし」


美衣子の返事を聞いて、美紗兎が「ありがとうございます!」と嬉しそうに答えた。


「そんなに茉那にご飯作ってあげたいの?」


「はい!」


美紗兎は無邪気な笑みで頷いていた。


「いとこ同士で随分と仲が良いのね」


20代半ばになってもいとこ同士で相手のことをこれだけ思いやれるなんて素敵な関係だ。微笑ましく思いながら美衣子は食事を作り続けていた。


「そういえば、美紗兎ちゃんは普段何してるの?」


美衣子や茉那と年代が近いだろうから、平日に数日間も茉那の家に泊まり続けるなんて難しいのではないかと思った。フリーランスみたいなことをしているのだろうか。茉那のいとこだし、同じように動画の撮影でもしているのかもしれない。


「普段は短期のバイトをしたりしなかったりって感じですね」


美紗兎は苦笑しながら答えた。


「そうなのね」


美衣子も茉那に雇ってもらうまではアルバイトを転々としていたから境遇は似ていて、さらに親近感を抱いてしまう。


そんなことを考えていると美紗兎が小さな声で付け足した。


「近くにいてあげないといけない人がいるので、すぐに辞められる仕事の方が良いんです……」


「え?」


どういうことなのだろうか。


「彼氏が束縛するとかそういうこと……?」


美衣子が尋ねると、美紗兎は慌てて首を横に振った。


「あ、違います。束縛とかじゃなくてわたしが支えてあげないとダメになっちゃうので。不安定なときには一日中ずっとそばに居てあげたいというかなんというか……」


頼りない感じの、自分が守ってあげないといけないと思ってしまうような男の人と付き合っているということなのだろうか。


「美紗兎ちゃんの好きな人って結構ダメンズな感じなの?」


何気ない冗談のつもりで言っただけだった。だけど、美紗兎はその言葉聞いて、思ったよりも取り乱していた。


「わ、わたしの好きな人はダメな人じゃないです! すっごく優しい人ですから!」


美紗兎が目を見開いて声を荒げた。今までずっと落ち着いた雰囲気だったのに、これだけ怒るってどれだけ好きなのだろうか。


「えっと、ごめんね。よく知らないのに悪いこと言っちゃったわね」


美衣子が慌てて謝っているときには、美紗兎もすぐに我に帰っていた。今度は美紗兎が頭を下げてきた。


「わ、わたしの方こそすいませんでした。いきなり大きな声出しちゃいました」


「悪いこと言ったのはわたしのほうなんだからそんな必死に謝らないでよ……」


さすが茉那のいとこ。美紗兎は何も悪くないのに美衣子の方が謝られてしまった。


その後はお互いに趣味の話とか無難な話をして作業を進めていった。恋人の話をするとまた機嫌を損ねてしまいそうだから、恋愛の話は避けながら。

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