第85話 おかえり……?②
結局、その日から2日ほど美紗兎は茉那の家に泊まり続けてくれた。そのおかげで、茉那は一人にはならなかった。
美衣子の帰りを待ちながら、美紗兎と身体を触れさせ合う。どちらに対しても失礼な関係に罪悪感をもちながら、帰ってこない美衣子をずっと待ち続けることになるのだと思っていた。
だけど、思ったよりも早く玄関の呼び鈴がなった。
「ファンの方からの差し入れですかね? わたし出てきますね」
美紗兎がサッと立ち上がってドアモニターを見るより先に鍵が開けられる音がした。
「あれ? 鍵持ってたんですね。茉那さんのお母さんとかですかね?」
美紗兎はピンときていないようだったけど、茉那はすぐにやってきた人物が誰か頭に浮かんだ。
「美衣子ちゃん……」
玄関ドアが開く。
「入るわよー」
聞き慣れた美衣子の声がダイニングにも聞こえてきた。美衣子にも鍵は渡していた。
「もしかして、美衣子さんですか?」
まだ美衣子と会ったことのない美紗兎だけど、誰が来たのか察したようだ。
茉那にそっと尋ねてきたから、小さく頷いた。
当然美衣子が突然帰ってくることだって想定するべきだった。はたして、美紗兎と美衣子を鉢合わせさせてもいいのだろうか。
答えを出すより先に美衣子がダイニングにやってきて、しっかりと、茉那と美紗兎の姿を確認されてしまった。
「ごめん、茉那、ちょっと2日ほど帰って来れなくて……、ってあれ? お客さん?」
美衣子が美紗兎の姿を見て、首を傾げている。
「あ、すいません。お邪魔してました。もう帰りますんで」
美紗兎が何事もなかったかのように、当たり前のように美衣子と茉那の仲を邪魔しないように帰ろうとした。何度も見てきた寂しそうな笑顔を作ってから部屋から出ようとしている。
(あーあ、またみーちゃんのこと傷つけちゃうんだ)
また、心の中で冷静な茉那の声が聞こえた。
このままずっと美紗兎を都合の良い幼馴染でいさせてもいいの? でもせっかく帰ってきてくれた美衣子を追い返すのも自分勝手だし。
どうすればいいか答えがでていないのに、考えるより先に茉那はダイニングから去ろうとしている美紗兎の手首を掴んだ。
「待って!」
美紗兎が立ち止まった。訳がわからない様子で、だけど、少しホッとしたように茉那のことを見つめていた。
茉那は美衣子に説明する。
「ごめん、美衣子ちゃん。この子、わたしのいとこなの……。ちょっとうちに泊まりに来てるからしばらく一緒にいてもいい? 部屋はわたしの部屋一緒に使うから……」
健全な関係をアピールするために咄嗟に美紗兎のことをいとこと説明した。もちろん、友達同士でのルームシェアなんてよくあることだけど、関係性のやましさのせいで、幼馴染と説明することに躊躇してしまった。
幸い、美衣子は特に違和感を抱かなかったようで、何事もなく返事をする。
「わたしは全然構わないけど……。むしろこっちこそ茉那の家に泊まってもいいのかしら? せっかくいとこが来て仲良くやってたんじゃないの?」
美衣子がチラリと美紗兎の方を見た。美紗兎がおどおどしながらダイニングの扉のノブに手を触れた。
「いえ、わたしはもう帰りますから……」
(このまま帰らせちゃうんだ? またみーちゃんのこと都合よく扱うつもり?)
心の中の冷静な茉那への答えは、いいえである。茉那はもう一度、さっきよりも強く美紗兎の手首を掴んだ。
「せっかくウチまで来てくれたんだからもうしばらくいたら?」
冷や汗を流しながら美紗兎を呼び止めた。美紗兎は明らかに訳がわかっていなさそうな表情を浮かべているけれど、茉那に話を合わせてくれた。
「それなら、ちょっとだけ居ましょうか……」
「じゃあ、しばらく3人暮らしだね! 楽しい3人暮らしだ!」
茉那が柄にもなくハイテンションで、左右の手で2人の手を繋いだ。美衣子は困惑しているし、美紗兎は不安そう。
茉那は無理やり元気良く振る舞っているけど、冷静に考えるまでもなくこの状況で美紗兎と美衣子を一緒にして言いはずがない。
「よくわからないけど、よろしくね、美紗兎ちゃん」
「よろしくお願いします、美衣子さん」
首を傾げる美衣子に満面の笑みを向ける美紗兎。めちゃくちゃな状況を作ってしまったにも関わらず受け入れてくれた2人に感謝をする。
こうして、不安いっぱいの状況で3人暮らしが始まるのだった。
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