第87話 3人でのご飯
「わー、今日はお魚なんだね、毎回色々なものが食べられて嬉しいな」
ダイニングにやってきた茉那がいつも以上に嬉しそうな声をだした。普段は油っぽいものを作ることが多かったから、たしかに新鮮かもしれない。
美紗兎がいなかったら鮭のムニエルにでもしようと思ったけれど、美紗兎が和食を薦めてくれたから一緒に焼き鮭を作った。
ほうれん草のおひたしとか、豆腐の味噌汁とか、肉じゃがとか、あっさりとした料理がテーブルに並ぶ。美紗兎は和食の方が得意なようだった。
「美衣子さんが作ってくれたから、きっと美味しいですよ!」
今日は美紗兎主導で作ったのに、美衣子を立ててくれる。性格の良い子なんだろう。
「わたしはちょっと手伝っただけよ」
「そういうことにしておきますね」
やり取りを美紗兎の横の席で聞いていた茉那が微笑んでいる。事実を言っただけなのに、謙遜したみたいになってしまった。
「みーちゃんの肉じゃがってじゃがいもが柔らかいのに全然崩れなくてすごいんだよね」
茉那がジャガイモを口に運んでから頬を抑えた。美衣子も一口食べてみたけれど、お肉やジャガイモやにんじん、そのすべてがちょうど良い柔らかさになっていて、かなりレベルが高い。
「美紗兎ちゃん、すごいのね。これかなりいけるわ」
頷きながら食べ進めていると、美紗兎が照れ臭そうに笑っていた。
「ねえ、そういえば美衣子ちゃんはうちにいなかった間、一体どこに行ってたの?」
箸を止めて、茉那が尋ねてくる。
「透華さんが2日間泊めてくれたのよ」
隠すことではないからありのままの事実を伝えたのに、茉那は怪訝そうな顔をした。
「え? 透華さんが……? 何か変なこととか無かったよね……?」
あの後、どこに行こうか困っていたら、カフェの前を通った時に、透華に声をかけられた。実家に帰るしかないかなと話していたら、透華がカフェの2階の住居部分に泊めてくれることになったのだ。
透華は優しくて、美味しいご飯まで用意してくれたし、良くしてくれた。だから、茉那が訝しがる理由がまったくわからなかった。
「何もなかったけど……。何かひっかることでもあったの?」
美衣子が尋ねると、茉那がううん、と首を横に振った。
「なんでもないよ、透華さんは美衣子ちゃんと会ったばかりだと思うのに、随分と優しいんだなって思っただけ」
「そうなのよ、透華さんとっても優しかったわ。これと言って変わったことはなかったけど、さすがに一人でお店切り盛りしているだけあって料理がとっても上手だったわ」
「……そっか。なら良かった」
茉那の笑顔が作り笑いみたいに見えてなんだか不穏だったけど、実際に透華は終始優しかったから何が言いたいのか、茉那が本当に意図するところはわからない。
「ねえ、茉那。何が言いたいの?」
「別に深い意味はないよ。ただ、美衣子ちゃんがどんな風に透華さんの家にいたのか気になったから聞いただけ。何か嫌なこととか言われてないかと思って」
「初対面の透華さんがわたしに何を言うのよ? 普通に優しかったわよ。ねえ、茉那は一体何を心配してるのよ?」
「だから深い意味はないってば。優しかったんならもうそれで大丈夫だから」
「意味わからないんだけど」
茉那の言葉に含みがあるように感じてしまって、あまり良い感じはしない。ピリピリとした空気がダイニングに流れつつあった。
そんなときに、これまで静かにしていた美紗兎が口を開く。
「このおひたしすっごいおいしい! 美衣子さんすごいですね!」
今日のご飯の中で一番美衣子がメインで作ったほうれん草のおひたしを、美紗兎が大きな声で褒めてくれた。
「ほら、茉那さんも食べましょうよ。口開けてください!」
「え? みーちゃん? 今は美衣子ちゃんも一緒にいるから……」
茉那が言い切る前に美紗兎が茉那の口にほうれん草を入れた。突然美紗兎に食事を食べさせてもらった茉那は恥ずかしそうにしているけれど、美紗兎はとくに気にすることもなく、微笑んでいた。
「ね? 美衣子さんの作ったおひたしすっごいおいしいですよね?」
美紗兎に尋ねられて、ピリついていた茉那の表情が緩んだ。
「うん、おいしいね。美衣子ちゃんってやっぱりお料理上手だね」
美衣子も褒められて悪い気はしなかった。
「ありがとう。まあ、和食は正直あんまり得意じゃないから、上手く作れたのは美紗兎ちゃんのおかげだけどね」
少し不穏になっていた美衣子と茉那の間に流れる空気は美紗兎のおかげですっかり和んでいた。
「ねえ、美衣子ちゃん、さっきは変なこと聞いてごめんね……。もう聞かないから、さっきのことは忘れてくれたら嬉しいかな……」
「ええ、そうするわ」
美衣子としても無駄に揉めたくはないから頷いて、とりあえずその場を収めた。
もっとも、もちろんあれだけ透華に関する不安いっぱいのことを聞かれてすぐに忘れることなんてできるわけがないのだけど……。
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