第82話 寂しいときには……②
「ねえ、美衣子ちゃん。後でわたしの部屋に来てもらってもいい?」
夜になって、茉那はパジャマ姿で美紗兎の部屋の入り口で素気なく伝える。
もちろん、部屋にいるのは美紗兎だけど、言い間違えたわけではない。これは合図。大学時代からずっと、この合図で2人の間では意味は通じていた。
ワンルームの部屋から3LDKの部屋に代わり、部屋の移動が伴っただけで、やることは変わらない。
寂しい時や、心細いときに美紗兎を頼る。それはずっと変わらない。
「ええ、いいわよ」
茉那の誘いに答える美紗兎の口調も変わる。美紗兎は本物の美衣子に会ったことがないから、正直なところ口調は似ていない。
でも、それでいい。美紗兎じゃなくなってくれさえすれば、それでいい。
後は『美衣子ちゃんボックス』の中に入っている美衣子の服を着て、美紗兎が部屋にやってくるのを待つ。
段ボール箱の中には美衣子の着ていた服と同じものをいくつも入れている。大学時代に見た灯里のSNSに写っていた、まだ灯里と美衣子が絶交していなかった頃のものを参考にしている。
「茉那、入るわよ」
「いいよ」
茉那の声を聞いて、"美衣子ちゃん"が入ってきた。すでに服を脱いで、ブラとショーツだけになっている茉那のことを見ても、"美衣子ちゃん"はとくに何も言わなかった。
雰囲気を楽しみたいとか、そういう感情はない。
そんな煩わしい過程はいらない。茉那は、ただ雑に、孤独を癒したいだけ。
茉那の様子から察してくれた"美衣子ちゃん"は、せっかく『美衣子ちゃんボックス』に入っていたものに着替えた服をさっさと脱いでしまう。
いつもの作業。茉那は何も考えずに"美衣子ちゃん"のブラのホックを外してしまった。
できるだけ素早く、何も考えずに。"美衣子ちゃん"も同じように茉那を脱がせていく。何度もしてきたことを今日もするだけ。
それなのに、"美衣子ちゃん"はなぜか毎回顔を赤くしていた。うなじのあたりに吹き付ける、いつもよりも少しだけ荒れている"美衣子ちゃん"の吐息。
次の瞬間には"美衣子ちゃん"の温かい舌が茉那の耳の形に沿って動いていった。"美衣子ちゃん"がどういう感情でそんな行為をしているのかわからないけれど、茉那からすればそんな煩わしい行為は不要だった。
「美衣子ちゃん、今はそういうのいいから」
茉那が冷たい声で伝えると、"美衣子ちゃん"の舌は天敵に見つかった小動物みたいに慌てて引っ込んだ。
ブラが外れると、胸は支えを失い、普段よりも重く感じる。何も纏わずに、そのままベッドの上に座って、両手を大きく広げた。
「美衣子ちゃん、来て」
早く温かみが欲しい。"美衣子ちゃん"の体温が欲しい。雰囲気とかはどうでもいい。ただただ温かい"美衣子ちゃん"を抱きしめたかった。
大学時代、茉那がたくさんの人から嫌われてしまっても、美紗兎はずっと寄り添ってくれた。嫌な態度もたくさん取ったのに、美紗兎はずっと茉那のそばにいてくれた。
それなのに、そんな美紗兎のことを"美衣子ちゃん"にしてしまった。
あの夜、茉那は初めて女の子と性的な関係を持った。
高校時代に真剣に愛してくれていた美紗兎に対する返答として、この上なく失礼な茉那からの扱い。それでも、美紗兎はずっと寄り添ってくれている。
本当は早く美紗兎のことを解放してあげるべきなのだ。それなのに、茉那は自分が寂しいことが嫌だから、自分勝手にずっと縛りつけてしまっている。
美紗兎のためにも、早く離れてあげた方がいいのに。そう思っているのに、こんなふざけた関係をダラダラと続けてしまっている。
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