第81話 寂しいときには……①

みーちゃんはとても優しい。それはよく知っている。大学3回生のときに再会して、わたしが一人部屋の隅で感情を失っていたあの日、みーちゃんは静かに大人の関係を結んでくれた。あの日から、寂しいときにみーちゃんは常にわたしに温もりを与えてくれた。あ、違った。それは"美衣子ちゃん"とのお話だっけ……。




「あの、茉那さん……」


美衣子が使っていた部屋に入った美紗兎が、不安そうに茉那に話しかけてきた。美紗兎が恐る恐る指差す先には部屋の奥にある段ボールの山があった。その一番下の取り出しにくそうな段ボール箱が気になっているみたいだ。


「みーちゃん、どうしたの?」


「この一番下の段ボールって茉那さん最近触りましたか?」


「え? わたしは何も触って……。って、あっ!?」


茉那も気が付いて血の気が引いた。


箱にご丁寧にしっかりと書いてある『美衣子ちゃんボックス』の文字。美紗兎以外の人にバレてはいけないのに、美衣子が泊まりに来てくれた嬉しさから存在をすっかり忘れてしまっていた。


段ボールの山に紛れた茉那と美紗兎の二人だけの秘密の段ボール箱。それをあろうことか美衣子に使ってもらう部屋の中に置きっぱなしにしていたなんて……。


「で、でも下の方にあるし、見られてないんじゃないかな……」


茉那は自分に言い聞かせるみたいに呟いた。美紗兎ははじめ、「いえ、向きが違って……」と否定しようとしたけど、不安そうな茉那と視線を合わせてから無理やり微笑んだ。


「そうですね、多分探しにくい場所にあるからバレてないですよ」


それ以上『美衣子ちゃんボックス』のことには触れないように美紗兎は無理やり話題を変えていた。


「そういえば、この前わたし、前に辞めたアルバイト先の先輩に誘われて、初めて山登りしてみたんですよ。それが結構きつくて……」


そんな感じの無難な話を美紗兎は続けていた。毒にも薬にもならない平和な話を美紗兎はしてくれた。美紗兎がずっと続けてくれる平和な話に茉那は耳を傾けていた。


おかげでそれからは、2人の間で美衣子の話は出ることはなかった。しばらくの間、茉那は美衣子が出て行ってしまったことへの寂しさを紛らわせることができた。


夜になるまでは穏やかな時間が続いていた。


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