第80話 あの子への電話③

「みーちゃん!」


茉那は泣きそうな顔で目の前の美紗兎の方を見つめた。呼吸が乱れているから美紗兎は走って茉那の家に向かっていたのかもしれない。


状況を察して、美紗兎が茉那と男の人の間に割って入る。茉那からナンパしてきた人たちを遠ざけるために。


「誰? そっちの子も可愛いじゃん。友達? だったらお友達も一緒に遊ぼうよ」


男が美紗兎の方に話しかけたのと同時に、美紗兎は男たちの方を睨みつけた。


「嫌です。わたしたちこれから忙しいんで、もう行きますね」


美紗兎が力一杯茉那の手首と、それを掴む男の手首を持って、無理やり引き離した。油断していたのか、男たちの手は思っていたよりもスムーズに離れてくれた。


茉那の手首が自由になる。気持ち悪い生温かい感触を上書きするみたいに、今度は美紗兎が茉那の手首をギュッと掴んだ。優しくて繊細な手が優しく茉那の手首を包み込む。


「さ、早く行きましょう」


美紗兎がさっさと立ち去ろうとするけど、男たちは先回りして美紗兎の前に立った。


「俺らもつれてってよ」


美紗兎が男の方をキッと睨みつけた。けれど、やっぱり怯んだりすることはない。


茉那が不安そうに美紗兎を見つめると、美紗兎は何を思ったのか、突然茉那に口づけをした。それも、舌を口内に入れて。


怯えている茉那の舌に、美紗兎の舌がギュッと絡みつく。


(え? いきなりなんで? 恥ずかしいよ……!)


美紗兎の意図が分からず茉那は困っていたけど、それ以上に、男たちの方が唖然としていた。


美紗兎のキスはほんの数秒だったけど、男たちを追い返すには充分だったらしい。キスが終わると、美紗兎が茉那の唇についた唾液をそっと親指で拭ってくれる。


その後に、美紗兎は毅然とした表情で男たちの方を見た。


「わたしたち、こういう関係なので。今日もこれからデートに行きますので、あなたたちなんかとは遊んでる時間はないんです」


睨みながら言い切った後、すっかり冷めきった男たちは捨て台詞を吐いてからどこかに行った。


「きっしょ」

「普通に引くわ」


不快な言葉ではあったけど、今は美紗兎がいるのだから、何も感じなかった。


男たちが去っていき、美紗兎と2人きりになった茉那は体の力が抜けて、そのまま美紗兎に倒れかかるようにして抱きついた。


「みーちゃん、ありがと」


肺に残っていた空気を振り絞るみたいに、弱々しい声でお礼を伝えた。


「とりあえず、何もなくてよかったですね」


美紗兎がホッとしたような声で答えてくれた。


「ねえ、みーちゃん。暫く泊まれる?」


「え……。はい、泊まれますよ!」


美紗兎は突然のお願いにも関わらず快諾してくれる。


「部屋はいつものところ使ってもらっていいからね」


足取りの重たい茉那に合わせて美紗兎ものんびりと歩いてくれていた。そんな美紗兎が不安そうに尋ねてくる。


「いつものところって……。美衣子さんはどの部屋使ってたんですか?」


「いつもみーちゃんが使ってるところだよ。……嫌だった?」


「いえ、わたしは大丈夫ですけど……。美衣子さんに悪い気が……」


美紗兎が困惑している。


「美衣子ちゃんは、きっともううちには戻って来てくれないから好きに使ったらいいよ……」


茉那は本来の感情以上に落ち込んだ表情を作って、美紗兎の頭に浮かんでいるであろういくつもの疑問を無理やり飲み込ませた。だから、美紗兎はもうこれ以上は美衣子のことを何も聞いてはこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る