第79話 あの子への電話②

(美衣子ちゃん、もう会ってくれないかな……)


ダメだ、また涙ぐんでしまっている。大人になっても全然変わらない自分の涙腺の弱さに困りながら道を急いだ。


歩きながら、茉那はスマホに触れる。通話履歴画面を開くと同じ名前がずらっと並んでいた。人差し指でスクロールしていっても並び続ける『みーちゃん』の名前。美衣子と一緒に住むことになったから暫く電話しないと思う、と美紗兎には伝えておいた。だけど、それからほんの数日でまた電話をすることになるとは思わなかった。


(みーちゃん電話出てくれるかな……)


茉那は不安な気持ちで『みーちゃん』の名前をタップした。


けれど、茉那の心配は杞憂に終わった。美紗兎は茉那からの電話にワンコールもしない間にすぐに出てくれたのだった。あまりの速さに、思わず茉那の方がビックリしてしまう。


『茉那さん、どうかしたんですか?』


茉那が何かを言う前からとても不安そうな声で尋ねてくるから、逆に茉那の方が落ち着いた気持ちになる。


「今から会える?」


『もちろん。茉那さんの家にいったらいいですか?』


「うん、すぐ来て」


『わかりました!』


何も聞かずに茉那の言うことを聞いてくれる美紗兎の優しさにまた甘えてしまう。


美紗兎には一応美衣子と再会して一緒に住むようになったことも伝えたし、美衣子が家にいる以上、暫くの間は会えないということも伝えている。


そのときは美紗兎は泣いているのか笑っているのかよくわからないような顔をして、「よかったですね!」と喜んでくれたけど、それは本心ではないこともわかっていた。美紗兎はどう考えても茉那と会えなくなることを寂しがっていただろう。


ずーっとお世話になり続けている美紗兎のことを明らかに都合良く利用してしまっていることは自覚している。いつかはこんな関係やめなければいけないこともわかっている。それでも、美紗兎はどこまでも優しい。そして、その優しさにどこまでも浸ってしまっている自分自身がとても意地悪なことも知っている。


茉那は必要以上のことは何も言わずに電話を切った。きっと美紗兎のことだから、本当にすぐに到着するだろう。もしかしたら、電話をしながら茉那の家に向かってきてくれている可能性すらある。


(ごめんね、みーちゃん。今日も甘えさせてもらうね……)


茉那はスマホを胸に当てて抱きしめながら美紗兎の顔を思い浮かべて、家に早歩きで向かった。


そんなときに、突然後ろから乱暴に手首を掴まれた。茉那はバランスを崩しそうになって転びそうになったから、慌ててつま先に力を入れた。


この状況で茉那に声をかけてきそうな人なんて、美紗兎くらいだけど、美紗兎の手はこんな粗くてベタついていない。それに、美紗兎は茉那の体をガラス細工みたいに慎重に扱ってくれるから、こんな不快な体の触り方はしない。


不安な気持ちのまま後ろを向いたら2人組の派手な格好をした男の人が立っていた。ナンパだということは一瞬で分かった。顔はそこまで悪くないから、それなりに成功率は高いのか、自信あり気に茉那に話しかけてくる。


「お姉さん可愛いね。今暇? これから遊び行かない?」


茉那は舌打ちをしそうな気持をなんとか抑えた。茉那にとって見知らぬ男の人からこうやって声をかけられることは珍しいことではない。普段は何の感情もなく適当にあしらっている。


けれど、今は無性に腹が立った。一刻も早く美紗兎に会いたいのに……。


「忙しいです。行きません」


自分の出せる限界まで冷たい声を出したけど、まったく怯む様子はなかった。


「いいじゃん、ちょっとだけだからさ」


逃げようとしても手首は掴まれたままだから動けない。すぐに引き下がってくれない面倒なタイプのナンパかもしれない。


どうしようかと思って困っていると、今度は、良く知った柔らかくて優しい感触が逆の手首に伝ってきたのだった。

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