第76話 花火大会②
「やっぱり夏祭りに来たらリンゴ飴ですよね!」
美紗兎がリンゴ飴の表面の飴が出っぱった箇所に歯を当ててガリガリと噛もうとしている。リンゴ飴を食べている姿はいつものように元気そうに見えるのに、どこか無理をしているような、普段とは違うように見えてしまうのは考えすぎなのだろうか。
「美味しい?」
茉那が尋ねると美紗兎が頷くから、茉那も「よかった」と言って微笑んだけど、会話はそこで止まってしまった。茉那は今何を話せば良いのかわからなかったし、美紗兎もずっと緊張しているみたいで何を話せば良いのかわからないようだった。
お腹が空いていなかったから茉那はリンゴ飴を買わなかったけど、手持ち無沙汰になってしまっているから買えばよかったと少し後悔していた。いつもなら、美紗兎にリンゴ飴を一口分けてもらったかもしれないけれど、今はそんなことを言えそうな雰囲気ではなかった。
これまで美紗兎と二人のときには経験したことのないような重たい空気が流れている。
「そろそろ花火始まるね」
本当はまだ30分以上始まるまで時間があるけれど、美紗兎は頷いてくれた。
「そろそろ場所取りしにいきましょうか」
「そうだね」
引き続き、2人でトボトボと歩いていく。
これからメインの花火大会が始まるというのにまったくそんな楽しそうな空気ではなかった。周りではカップルや親友、親子たちが楽しそうにしているのに、美紗兎はこれから大学入試でも受けるのかというくらい緊張した雰囲気を醸し出している。
せっかくの夏期講習の合間の貴重な時間。次に美紗兎といつ遊びに行けるのかわからないのに、このまま花火大会を終えてしまってもいいのだろうか……。
茉那は思い切って美紗兎の手を握った。
「やっぱりもうちょっとだけどこか歩こうよ」
美紗兎は一瞬びっくりしたようだったけど、すぐに微笑んでくれた。
「いいですよ。人ごみはちょっと疲れたから人が少なそうなところがいいです」
そうだね、と今度は茉那が頷いた。花火大会のメイン会場からは離れてしまうけど、美紗兎が人気のないところに行きたいのなら、茉那もそれが良いと思う。
夜道を二人でゆっくりと進んでいく。光と喧騒で楽しそうだった出店のある場所付近からは少し離れて静かな川沿いを歩いていく。
まだ人はいるけれど、昼間みたいに眩しくなっていたメイン会場の付近から、次第に普段と変わらない夜道に変わっていく。
「茉那さん、せっかくだからもうちょっと静かなところに行きませんか?」
茉那は頷いた。これ以上静かな場所だと、いよいよ花火大会とは関係ない場所になってしまうのではないかと思ったけれど、ずっと不安そうにしていた美紗兎の感情が落ち着いてきているように見えたから、茉那は嬉しかった。
「でも、あんまり遠くに行ったら花火見られなくなっちゃうから程々にね」
「大丈夫ですよ、わたし人が少なくて花火のよく見える穴場を知っていますから」
「またマンションの隙間の狭い隙間から見るわけじゃないよね……?」
「大丈夫ですよ。もう子どもじゃないんですから、今日はちゃんとした場所ですよ」
「そっか、それなら楽しみだな」
茉那と美紗兎は笑い合った。やっといつもの和やかな空気に戻ってくれて、茉那はホッとしていた。美紗兎の気持ちも知らずに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます