第75話 花火大会①
(みーちゃんと早く会いたいなぁ)
茉那は美紗兎と会うのが楽しみだったから、待ち合わせ時間よりも15分ほど早く待ち合わせ場所に来てしまっていた。待ち合わせ場所に選んだ商店街近くのスーパーマーケットは、比較的人通りが少なかったから、のんびりと待っていられる。
美紗兎と花火大会に行くのは、勘違いによってキスをしたあの日以来だった。あの時と違うのは、今日はちゃんとした花火大会の会場で花火が見られること。今年はマンションの隙間から花火の光だけを見る、なんてことはなさそうだ。
美紗兎と2人だけだし、特別なおしゃれもせずに、いつも通りの素のままの自分で待ち合わせ場所でのんびりと立っていた。ぼんやりと待っていると、商店街の入り口あたりから元気に手を振って小走りでやってくる浴衣を着た美紗兎の姿が見えた。
近づいてくる美紗兎は、いつもの髪の毛を軽くゴムで結んだポニーテール姿ではなく、後頭部に大きなお団子を作っていた。顔もメイクをして垢抜けていて、いつもよりもおしゃれにしている。
「みーちゃんすっごい可愛いね!」
いつもよりオシャレになっている美紗兎の姿を見て、思わず茉那ははしゃいでしまった。ウサギの柄の浴衣もとても似合っている。
「ありがとうございます……」
いつもなら茉那が褒めたら無邪気に喜びそうなのに、なんだか浮かないような言い方になっているから、やっぱり何か怒っているのだろうかと心配になってしまう。
「わたしも浴衣にしたらよかったな。こんな格好でみーちゃんと一緒に歩いてたらいつも以上にすっごく地味に見えちゃいそう」
いつも通りのオシャレの欠片もない普段着を着てきてしまったことを後悔してしまう。これでもかと言うくらい可愛らしい浴衣を身に纏ってバッチリメイクを決めている美紗兎の横を歩くと、普段から薄い存在感がさらに薄くなる。
「茉那さんは着飾らない方がいいですよ……。それ以上可愛らしくならないでください」
「それ以上も何も、わたし可愛くなんてないよ?」
茉那の答えを聞いても、美紗兎は何も答えなかった。終始いつもと少し違う美紗兎の対応に違和感を持ってしまう。せっかくの夏祭りなのだし、今日くらいは何も考えないで気楽に楽しもうと思うけど、やっぱり気になってしまった。いつもよりも半歩ほど距離をあけて歩いている美紗兎に思い切って聞いてみた。
「ねえ、みーちゃん。ごめんね、キスしたの怒ってるんだよね……」
「へ?」
美紗兎が随分と拍子抜けするような声で返答する。
「みーちゃん怒ってるんだよね……。ごめんね、そんなことしちゃダメだったことはわかってるのに……。この間のお泊まり会で寝ているみーちゃんがとっても可愛かったから……」
厳密にはキスというよりも、美紗兎の耳に唇をつけたという感じだけど、それも広義のキスには違いなかった。
「え? キ、キス……!? ま、茉那さんわたしにキスしたんですか!!!???」
美紗兎の顔がみるみる赤くなっていった。大きな声でキスなんて言ってしまったから、商店街を通っていた人の視線が茉那と美紗兎の方へ向いた。
「み、みーちゃん、静かに!」
茉那が人差し指を口に当てて、静かにしてと必死に伝えた。美紗兎が浴衣の袖の上から両手で頬を押さえていた。
「茉那さんがキス……」
まだ美紗兎が引きずっているのか、小さく呟いていた。
「ごめんね、嫌だったよね……」
美紗兎は少し屈んで、俯きながら謝る茉那のことを真正面から見つめた。
「茉那さん、わたし嫌じゃないですよ。知らなかったからビックリしちゃっただけですから……」
茉那はゆっくりと顔を上げる。
「やっぱりみーちゃんは優しんだね」
エヘヘ、と茉那は目を潤ませながら無理やり笑った。そんな茉那の言葉を聞いて、美紗兎がポツリと呟く。
「わたし、優しくなんてないですよ……。すっごく自分勝手だと思います……」
茉那はよく聞こえなかったから、「どうかしたの?」と尋ねたけど、美紗兎は笑顔で返した。
「とりあえず、せっかくだし屋台回りましょうよ! わたし、リンゴ飴食べたいです!」
「そうだね」
先ほど何を言ったのか気になりつつも、美紗兎は屋台に行くのを楽しみにしているみたいだから、とりあえずリンゴ飴を食べに向かった。
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