第70話 距離感①

先日のお泊り会を経て、茉那は美紗兎との仲をさらに深めることができたのだと思っていた。


だけど、美紗兎の方はそうは思っていないのかもしれない。


あの日以降むしろ距離が離れてしまっているような気がすることが増えているように感じられた。


「ねえ、みーちゃん、今週末一緒に映画見に行かない? 今週末からみーちゃんが好きって言いていたシュトーレンワルツの続編上映するみたいだよ」


シュトーレンワルツはなかなか自分の気持ちに正直になれない幼馴染の恋愛物語。このストーリーが美紗兎は昔から好きだった。


好きな映画を見にいく誘いだし、いつも茉那の誘いを美紗兎は二つ返事でオッケーしてくれるから、今日も当然一緒に行ってくれるものだと思っていたのに、美紗兎は少し困ったように笑っていた。


「えっと……。ごめんなさい。わたしちょっとその日は予定があって……」


「あ、そっか。じゃあまた来週とかはどうかな?」


「そろそろ期末テストの勉強もしないとですから……」


美紗兎がとても言いづらそうにしている。確かにそろそろ期末テストも始まるし、遊んでいる場合ではない。それは受験生の茉那こそそうなのだけど、美紗兎と一緒に過ごせるのなら受験勉強なんてどうでも良い。


とはいえ、美紗兎の都合がつかないのであれば、仕方がないので諦めるしかない。


「そっか。じゃあまた夏休みになったら一緒にどこか行こうね」


茉那が微笑みを向けると、美紗兎は不自然に間を開けてから「はい」と笑顔で答えた。ずっと一緒にいた茉那にとってはわかりやすすぎるくらいの作り笑顔に、断りたいけど傷つけたくない気持ちを混ぜているのはよくわかった。


茉那は不安な気持ちいっぱいのまま家に帰り、部屋で無意味にスマホを触りながらため息をついた。


「みーちゃんに何かしちゃったのかな……」


美紗兎は明らかに茉那のことを拒んでいた。先週の金曜日に一緒にお泊り会をして、より一層仲が深まったのだと思っていたのに、仲が深まったどころか美紗兎は明らかに茉那から距離を置いている。


「わたしが耳元で『ずっと一緒にいてね』なんて言ったから重い子だと思われて避けられたとかかな……」


たしかに、突然束縛するようなことを言ってその挙句……。


「耳にキスしちゃったもんね……」


思い出して、急激に顔が熱くなってしまい、背筋から冷や汗も出てきた。雰囲気にのまれてしまってつい普段ならしないようなことをしてしまったけど、冷静に考えて、いきなりそんなことをされたら不快に思うに決まっている。


「謝らないと……」


茉那は次の日お弁当を食べるときに謝ろうと思っていつものように美紗兎を待っていたけれど、美紗兎がいつもの中庭にはやってくることはなかった。


(みーちゃんどうしたんだろう……?)


平時なら美紗兎が茉那と一緒にご飯を食べない日があってもそこまで不安にはならないけれど、避けられているかもしれない状況下でやって来ないなんて、答え合わせをしているみたいなものではないか。


本当はポツンと一人でお弁当を食べることには慣れているはずなのに、美紗兎と一緒にもうご飯を食べられないのかもしれないと思うとお腹が痛くなってしまう。茉那は俯きながらため息まじりにお弁当を食べ続けた。


その日の放課後、一緒に帰るときに美紗兎に謝ろうと思って、いつものように自分の教室で待っていたけど、やはり美紗兎は迎えに来てくれることはなかった。いつもなら3年生の教室であることなんてお構いなくホームルームが終わった瞬間に元気な声で迎えに来てくれるのに。


トボトボと下足室に向かうと手紙が1枚入っていた。手紙というかメモ書きと言った方が良いかもしれないその紙には『しばらくテスト勉強があるので先に帰りますね』とだけ書いてあった。


帰り道とテスト勉強は関係ないだろうけど、それだけ美紗兎は茉那のことに嫌気がさしているのだ。もうこれ以上何かを追及する度胸を茉那は持ち合わせてはいなかった。


「みーちゃん……」


手紙にポタリと涙が落ち、文字がじわじわと滲んでいった。

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