第68話 お泊り会④
「昔はみーちゃん、うちに泊まるの凄い嫌がってたよね」
夜になり、布団の中にもぐりながら茉那はクスクスと笑う。お泊り会の日はこうして2人で一緒に布団を並べて眠るのが幼少期からのお決まりであった。
茉那の家には美紗兎専用のキャラクター物の布団まで置いてある。美紗兎は自分の名前にも入っている動物であるウサギが好きで、ウサギのイラストがリピテーションに配置された柄の掛布団は可愛らしくて幼い頃の茉那はちょっと羨ましかった。ウサギの柄が可愛くて美紗兎の布団にもぐりこんだことが何度もあった。
茉那は小学生の頃に母親からベッドにしないの?、と何度も提案されたけど、ベッドにしたらこうやって美紗兎と一緒に布団を並べて眠ることができないからと拒んできた。
2人で一緒に眠れる大きなベッドなら欲しかったけど、それだと部屋の半分くらいが埋まっちゃうからダメ、と母親に断られたことを思い出す。
「いくら茉那さんの家でも一人でお泊まりは小学校入るくらいまでは緊張しちゃいましたもん……」
美紗兎が恥ずかしそうに前髪を触る。
幼少期の美紗兎はとても人見知りが激しくて甘えん坊だった。あの頃の美紗兎は母親がいるときはずっと母親の服の裾を掴んだまま離さないような子だったし、初めて茉那の家に一人でお泊りにきたときにはずっと泣いていた。
当時まだ4歳だった美紗兎にとって身内以外の家で寝泊まりするのは初めてだったから心細かったようで、とくに寝るときには夜泣きの赤ちゃんみたいにわんわん泣いていた。
「初めて泊ってくれた日にはずっと泣いてて困ったけど、ぎゅっと抱きしめたら泣き止んでくれたよね」
茉那がまた少しからかうみたいに笑うと美紗兎が小さく頷いた。
「泣いていたのはあんまり覚えてないんですけど、茉那さんの胸の中でぐっすり眠れたのは覚えてます。おかげでわたしは茉那さんに抱きしめられないと安心して寝付けない身体になっちゃったんですよ」
「そんな面倒な体質にならないでよ……」
茉那が苦笑した。
「なっちゃったものはしょうがないですもん。だから茉那さん、ちゃんと責任取ってくださいね!」
美紗兎が大げさに頬を膨らませた。
「責任って……」
茉那が苦笑していると、美紗兎がゴロンと転がって、茉那の寝ている布団の方へとやってきた。そして、同じ布団で間近に顔を見合わせる。美紗兎の吐息が鼻先に触れて少しくすぐったかった。
「みーちゃん?」
「今日は茉那さんにギュッとしてもらいながら寝ますから!」
「さすがにこの季節にはやめてほしいかな……」
すでに季節は初夏に入っているのだから、抱き着いて眠られると汗だくになってしまう。
「じゃあせめて同じ布団で寝るくらいは許してくださいよ」
美紗兎がしょんぼりしながら茉那の腕をギュッと抱きしめながら頼んでくるから、茉那も仕方なく頷いた。美紗兎のお願いはついつい聞いてしまう。
「わかったけど、暑いからひっつかないでね……」
やんわりと絡めてきていた腕を離しながら茉那が言う。
「わーい! ありがとう、茉那お姉ちゃん!」
「だから、もうお姉ちゃん呼びは恥ずかしいからやめてってば」
茉那が少し口を歪めて抗議をすると、美紗兎がえへへと照れ笑いを浮かべていた。
「あの、茉那さん……」
「ん? どうしたの?」
少し緊張したような表情になっている美紗兎が何を聞いてくるのかほんの少し不安になりながらも話を聞く。
「この間灯里さんと話した時に言っていた恋敵って……。茉那さんもしかして彼氏さんとかいるんですか……?」
「いないよ」
穏やかに微笑む茉那のことを見て、美紗兎が一瞬ホッとしたのだけれど、そのことには気付かずに茉那は続けてしまった。
「……でも、好きな人がいるんだ」
「好きな人……」
美紗兎がうわ言のように呟いていた。いつもの茉那ならその呟やきの中に怯えとか恐怖みたいなネガティブな感情が含まれていたことに気づいて、この話をやめていただろうけど、すっかり頭の中が美衣子でいっぱいになっている茉那は続けてしまった。
「美衣子ちゃんっていうとっても優しい素敵な子がわたしの好きな人なんだ。なんだかちょっとだけみーちゃんに似てるの」
本当に直感的な似かただから、どこが似てると言われたら困るのであんまり深追いされたくないなと思いながら伝えた。美紗兎が少しだけ泣きそうな顔をしながら笑みを浮かべる。
「茉那さんがそれだけ真剣に愛してるってことは本当に素敵な人なんですね。応援してますね」
「応援してくれるのは嬉しいけど、この恋はもう心にしまっておくんだ」
「へ?」
美紗兎が喉から思わず出てしまったような声を出す。
「どうしてですか?」
「わたしはもう美衣子ちゃんとは会わないって決めたから」
どうしてですか? ともう一度尋ねようとしたけれど、先に茉那がその答えを言った。
「わたしが美衣子ちゃんと仲良くしちゃったせいで灯里ちゃんが目の上に傷を作っちゃったから、わたしはもう美衣子ちゃんと会わないんだ」
「えっと……。因果関係がわからないんですけど、そんなのおかしくないですか……? 好きなんだったらそんなに簡単に諦めずにもっとちゃんと向き合って――」
「いいの! ……もう、いいの」
茉那の声が静かな部屋に響いた。
その声があまりにも有無を言わせない強いものだったから、美紗兎はもうそれ以上は何も言えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます