第67話 お泊り会③

「茉那さん、入りますね」


茉那が湯船に浸かっていると、外から声がしたから、いいよ、と返事をすると、美紗兎は遠慮がちに静かにそっと洗い場に入ってくる。


実際に一緒に入ってみて思ったのは、やっぱり高校生になって2人で一般家庭用のお風呂に入るのは狭かったかもしれないということ。美紗兎が一緒に入ろうと言った時に困っていた理由がわかった。


「ごめんね、ちょっと狭かったよね。だからさっきはちょっと返事に困ってたんだね」


「それもありますけど……」


美紗兎がまた困ったように言う。


「それも?」


美紗兎が頷いてから答える。


「茉那さんって可愛らしくてスタイルも良いから一緒に入ったら嫌でもわたしの身体と比べて自己嫌悪しちゃいそうで……」


「みーちゃんは可愛いし、スタイルもいいよ! それに、わたしは全然良くないよ」


茉那は慌てて首を横に振った。美紗兎は一体茉那の何を見ているのだろうかと思う。


たしかに美衣子もお世辞で見た目は良いと言ってくれたことはあるから、百万歩くらい譲って見た目は平均くらいの水準はあるとしても、少なくともスタイルはよくない。


灯里みたいに背が高くてスラリとしているわけでもないし、美衣子や美紗兎みたいに痩せているわけでもない。BMIは正常範囲内だけど、胸やお尻周りに脂肪が多いことはコンプレックスだった。


「ねえ、みーちゃん……。からかっているわけじゃないよね?」


優しい美紗兎が茉那の見た目のことで冗談を言ったり、からかったりするような子じゃないことは知っているけれど、だからこそスタイルが良いという言葉の意味が理解できなかった。


「からかってるわけないじゃないですか! わたしは真剣です」


「でも、わたし多分太ってるよ?」


俯くと人よりも大きめの乳房が嫌でも目に入った。背が低いのに胸は大きいからなんだかバランスが悪いように思えてしまう。とくに、灯里を近くでみるようになった去年からはより一層そう思うようになった。


「茉那さんは太ってないですよ! すっごく素敵な体型してますよ!」


美紗兎がシャワーの手を止めて随分と自信満々に言う。


「わたしはこの通りぺったんこなんで茉那さんが羨ましいです」


美紗兎が触っている彼女の胸は、たしかに茉那の半分くらいの体積しかなさそうだったけど、そのほうが痩せていてスタイルは良く見えるに違いない。でも、きっと優しい美紗兎が茉那のことを気遣って言ってくれているのだろうと思ったので、茉那はそれ以上スタイルに関する話をするのはやめた。


茉那が立ちあがり、一旦湯船の外に出る。2人で洗い場に立つと、ほとんど身動きがとれなくなってしまった。


「あ、茉那さんもシャワー使うんですね。すぐ代わりますから」


「違うよ。みーちゃん、座って」


茉那がお風呂用の椅子を指差すと、美紗兎が少し困惑しながらも指示通り座った。


「あの、茉那さん……、ひゃっ!?」


「あ、こそばゆかったかな?」


茉那が何も言わずに美紗兎の体を洗おうと思って首元にタオルを這わせたら、美紗兎が声をあげたので慌ててしまう。


「え、違……、こそばゆくはないですけど……」


美紗兎が顔を赤らめている。


「えっと……、昔はみーちゃん体洗ったら喜んでくれてたからと思ったんだけど……。嫌だった?」


「嫌とかそういうんじゃないですけどお……」


幼馴染だし姉妹みたいなものだから大丈夫だと思ったけど、たしかに高校生にもなって小さな子どもみたいな扱いをしたら嫌な気分になってしまうのかも。そう思って茉那がやめようとしたけど、美紗兎がか細い声で首を横に振った。


「つ、続けてください……」


「え?」


「茉那さんが嫌じゃないんだったら続けてください……」


美紗兎の声を聞いて茉那がフフッ、と笑った。美紗兎は茉那に遠慮して拒んでいたのかと納得して引き続き体を洗った。こういうときまで優しい美紗兎の心遣いが茉那は嬉しかった。


本当は美紗兎の気持ちは単なる優しさだけからきているものではなかったのだが、美紗兎が茉那に対してどういう感情を抱いているのか、このときの茉那には知る由もなかった。


ゆっくりとほっそりとした腕やくびれているお腹などを洗っていると、昔の美紗兎との違いを実感してしまう。


前に美紗兎の身体を洗った時はもっとすぐに終わったけれど、あのときは茉那よりも小さかった小学4年生の頃の美紗兎は、今では小柄な茉那よりも10cmくらい背が高い。必然的に洗っていく範囲も当時より多くなっていた。


「みーちゃんもすっかり大きくなったんだね」


「それは茉那さんもだと思いますよ……。わたしたち、もう子どもじゃないですから……」


「高校生はまだ子どもだと思うけどな」


茉那がクスクスと笑うと、背伸びをした発言をした美紗兎の顔が赤くなった。


「で、でも18歳からは成人なんですから、法的にも茉那さんは次の誕生日には大人ですよ!」


「じゃあそのときはわたしだけ大人になっちゃうことになるね」


茉那がちょっとだけからかうと、美紗兎が小さな声で伝える。


「わたしも茉那さんと一緒に大人になりますから……」


「うん、楽しみにしてるね」


美紗兎の負けず嫌いで子どもっぽい発言を微笑ましく思いながら、茉那は美紗兎の身体についた泡をシャワーで洗い流していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る