第53話 探しものと新しい出会い③
一緒に鍵を探し回っていると、美衣子がポツリと呟く。
「困ったわね、室長の報告会が終わってそろそろ灯里が帰って来ちゃうわ……」
このときは灯里が美衣子のことを溺愛していることなんてまったく知らなかったから、帰ってきたらいったい何が困るのだろうかとも思ったけど、せっかくの修学旅行だから茉那なんかよりも仲の良い灯里と少しでも長くいたいのだろうなということで納得をした。
「ごめんね、美衣子ちゃん。後はわたし一人で探すから、もう大丈夫だよ……」
本当は不安だけど、これ以上今日初めて会話をしたばかりの美衣子に迷惑をかけるわけにはいかない。
「とりあえず、一旦茉那の部屋まで行きましょ。鍵がないんだったら同じ部屋の子たちが部屋の前で待ちぼうけてると思うから、わたしも一緒に状況説明するわ。みんなにも手伝ってもらいましょ」
無関係の美衣子をここまで巻き込んでしまって申し訳ないと思いつつも、一人で説明できる自信もないから、お言葉に甘えて美衣子についてきてもらうことにした。
エレベーターに乗って宿泊しているホテルの8階の部屋へと向かう。
「美衣子ちゃん、今日はありがとう……」
「気にしないでよ。わたしも今日は茉那と初めてお喋りできて楽しかったわ」
「楽しかった……」
美衣子に聞こえないようにその心地よい言葉を口の中で繰り返した。一緒にいて楽しかったと言われるなんて、いつ以来だろうか。優しい言葉に心が温かくなってくる。
もう少し、美衣子と一緒に居たいと思ってしまった。だけど、エレベーターはすぐに8階についてしまう。
エレベーターから降りて、2人で静かに廊下を歩く、茉那の部屋の前でみんなが怒って待っているのだろうか。それともみんな別の子の部屋にお邪魔して時間を潰しながら、一緒に無能な室長の悪口でも言っているのだろうか……。
そんなお腹が痛くなるようなことを考えていると、いつの間にか手に温かみが感じられた。考えるよりも先に、不安でいっぱいの茉那は思わず美衣子の手を握ってしまっていた。
美衣子が一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐに何事も無かったかのように、茉那の手のひらを受け入れた。
今日初めて喋ったのに失礼だなと思いながらも、その手を離せなかった。他人の温かい手のひらを久しぶりに触り思わず呟いてしまう。
「みーちゃん、みんな怒ってたらどうしよう……」
呟いてから間違えてうっかり美衣子ではなく、幼馴染の美紗兎の呼び名を口にしていたことに気がついた。
だけど、幸い美衣子は何も気にとめなかった。茉那の声は小さいから、“みーちゃん”が“美衣子ちゃん”に聞こえてくれたのかもしれない。美衣子は違和感を持たず、優しく微笑む。
「大丈夫でしょ。もし怒っていたらわたしも一緒に怒られてあげるわよ」
茉那が握ってしまった手の平を美衣子はゆっくりと握り返してくれた。手の平からじんわりと温かさが満ちてくれるのは嬉しいけれど、冷や汗で手がべたついているから、恥ずかしくもあった。
それでもやっぱり美衣子と触れ合っているという安心感を取ってしまう。美紗兎以外でこれだけ一緒にいて温かい気持ちになれるのは美衣子だけかもしれない。
美紗兎は妹みたいなものだから、他人でこれだけ温かさを感じられたのは美衣子が初めてだ。とても甘美な温かさに茉那の心は揺らいでしまう。
そのまま美衣子の温かさで溶けてしまいそうになった頃に、美衣子が小さな声で「あれ?」と呟いた。その後すぐに茉那も違和感に気づいた。
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