第52話 探しものと新しい出会い②
声のする方向を振り向くと、美衣子が優しい笑顔を向けて立っていた。
「今日のすき焼きちょっと辛かったわよね。気持ちわかるわ」
「え?」
美衣子にまた話しかけてもらえたのは嬉しいけれど、その内容は茉那がこれっぽっちも思っていなかったようなことだったので、驚いた。
「なんですき焼きの話なの……?」
「だって、月原さんずっと顔色悪そうにしてたし、あんまりお箸動いてなかったから口に会わなかったのかなと思って。ちょっと濃い目だったから、それで美味しくなくて不満なのかと思ったのよ」
茉那はずっとクラスの中で自分だけがポツンと一人でいた気がしていた。誰も茉那のことを見ていないし、興味もないのだと思っていた。
だから、目の前のクラスメイトが自分の表情をしっかりと見ていてくれたことが嬉しかった。モノクロだった自分に、うっすらとだけど色がついたような、そんな気分になる。
そんなことを考えていた茉那を見て、なぜか美衣子が慌てていた。
いつの間にか視界が滲んでいたから、また泣いていたんだということに気がついた。昔から茉那は、自分でも意図していないのに感情が昂ると涙が出てしまうことが多かった。
「ちょっと月原さん。どうしたの?」
「部屋の鍵無くしちゃったの……」
茉那が慌てて手で目元を擦りながら答えた。メガネに当たらないように擦っていたから、あまりうまく涙は拭えなかった。
本当は美衣子に自分のことを見てもらえていたから泣いたのだけど、そんなこと言ったら気持ち悪い子と思われそうだから、それは言わなかった。
そんな茉那の様子を見て、美衣子はとりあえず、微笑んだ。
「とりあえず、一旦泣き止んだら? これから室長の報告会があって灯里もいないからわたしも一緒に探すわ」
変わったことはなかったかなどを先生に報告するための室長の報告会の場には、本当は茉那も出なければならなかった。4人部屋には3人グループの子たちと、余っていた茉那が割り当てられて、そのまま流れで茉那が室長を押し付けられてしまったから。
だけど、今は室長の報告会どころではない。鍵を無くしたままだと他の部屋の子たちに怒られて、とても気まずい夜を過ごさなければならなくなってしまう。
「でも、探してもらったら悪いよ……。鵜坂さんの楽しい時間奪っちゃったら悪いし……」
そう言いながら、美衣子に一緒に鍵を探してもらえることを期待している自分のことをズルい子だと茉那は思ってしまった。
袖の先をメガネにぶつけながら、大げさに目元を撫でる茉那を見て、美衣子は微笑んだ。
「いいのよ。どうせわたし灯里がいないときはスマホ触ってるだけだから。あと、わたしのことは苗字じゃなくて下の名前で呼んでくれていいわよ。わたしも茉那って呼ぶわね」
「わかった……。ありがとう、美衣子ちゃん……」
とりあえず、まず2人でフロントのお姉さんに鍵の落し物がないか聞いてみたけど、とくにそう言ったものは届いていないとのこと。その後も廊下とか、さっきまでご飯を食べていた部屋とかも確認したけど、鍵はどこにもなかった。
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