第51話 探しものと新しい出会い①
「どうしよう……」
高校2年生の秋にあった修学旅行の夜、茉那は怯えたような表情で何も掴んでいないお箸とすき焼き用の取り皿を持って、生卵の入ったお皿を見つめていた。
大浴場でお風呂に入った後は一旦部屋に荷物を置いてから大広間でみんなで晩御飯を食べる段取りになっていた。茉那はできるだけ人のいない時間にお風呂に入ろうと思い、時間ギリギリに入っていたら晩御飯の時間に遅れそうになってしまったのだった。
お風呂を出てから慌てて部屋に荷物を置きにいった頃には、すでに部屋のみんなは晩御飯を食べに行ってしまっていた。時間ギリギリだったことや、部屋は真っ暗で足元が見づらくて上手く歩きにくかったこと、そしてとても慌ててしまっていたことから記憶が曖昧になってしまっていたのだろう。そのとき持ち出したはずのカード型のルームキーをどこに入れたのかのか思い出せないのだ。
みんなは楽しそうにご飯を食べているのだけど、茉那の表情は曇っていた。とはいえ、普段から俯きながら一人でご飯を食べているから、誰も異変に気付く人はいないと思っていたのだけど……。
「どうしたのよ、全然食べてないじゃないの?」
突然声をかけられて、茉那は背中を震えさせて慌てて背筋を伸ばし、声の方向に顔を向ける。
(向かい側に座ってたのみーちゃんに雰囲気の似た鵜坂さんだったんだ……)
気落ちしていた茉那は目の前に座っていた子が誰であったかということに、今更気が付いた。
同じクラスになってから、鵜坂美衣子という人物に茉那は勝手に親近感を覚えていたけど、ノートの回収の時や簡単な御礼みたいな定型文以外で会話をしたのはそのときが初めてだった。
そのまま美衣子は少し身を乗り出して茉那の持っていた綺麗な生卵が入った取り皿を取って行く。
「嫌いなものある?」
「えっと……、ないよ……」
本当は嫌いな食べ物とか以前に食欲がないのだけれど、初めてまともに話す美衣子にそれを言えるほどの度胸はなかった。茉那の好みを確認してから美衣子が鍋の中から適当によそい出す。
「はい、適当に入れておいたから」
野菜もお肉もいっぱい入ったお椀を茉那の前に置いてくれる。
茉那がありがとう、と言う前に美衣子の横から、「美衣子、わたしのにも入れて」と声が聞こえてきたから、美衣子の視線はそちらに向いてしまった。
後から思えばそれは間違いなく灯里の声だったのだろうけど、そのときはその声の主が誰かなんて気にする余裕はなかった。美衣子のよそってくれた温かいすき焼きは不安でいっぱいの茉那をほんの少しの間だけ和らげてくれる。
結局その後は、美衣子は横に座っていた灯里とずっと話していたからそれ以上の会話をする機会はなかったし、ご飯の終盤の頃には、無くした鍵をどうしようかという気持ちが強すぎて気持ちは沈み切っていた。
食事が終わった後、ふらつく足で鍵を無くした可能性のある場所を探し回ろうと思い、エレベーターとか、お手洗いとか、廊下とか、探すべき場所を考えていた時に、後ろから「月原さん」と茉那のことを呼ぶ声が聞こえた。普段先生以外から自分の名前を呼ばれる機会が少ない茉那は2,3秒時間をおいてから恐る恐る振り向いた。
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