第49話 高校からのお友達④

暫くの間、店内は空気の音まで聞こえてしまいそうなくらいシンとしていたが、少ししてから困ったような調子で透華が口を開いた。


「何度も灯里からは冗談交じりに聞いていたけど、灯里って美衣子さんの前では本当に人が変わったみたいになるんだね……」


「灯里ちゃんは普段は優しいけど、美衣子ちゃんの前でだけはわがままな小学生みたいになっちゃうのでいろいろ大変でしたよ……」


透華にそのことを伝えてもいいのかは悩んだけど、今目の前で灯里の豹変具合を見てしまったばかりなのに隠すほうが変な気もしたから伝えた。透華にとって、灯里の中で美衣子が特別な存在であるという事実は聞きたくないはずだ。


これでも高校時代の出会った頃に比べたらずっと冷静なのだけど、という言葉はさすがに口に出さないでおいた。


「そりゃうまくいかないよね……」


透華は大きなため息をついた。カウンター席に座って、テーブルに片肘を乗せて頬杖をついて落ち込んでしまった透華を一人残して帰ってしまうのもなんだか気が引けるので、茉那はまだ帰らずに暫く店内に残ることにした。


「すいません、コーヒーのおかわりってもらえますか?」


「もちろんいいよ」


座ったばかりの透華は無理に笑顔を作って茉那の方へと歩いてくる。コーヒーカップを回収してから、コーヒーを淹れに奥の方へと戻る。少ししてから透華の淹れてくれたコーヒーを手にした。


カップを鼻先に近づけると、温かい湯気と共に、良い匂いを漂ってくる。昔は透華がコーヒーを淹れるのが下手だったなんて信じられないくらい、優しい味なのだ。さっぱりとした苦みの中から出てくるほのかな爽やかさは透華の出せる唯一無二の味だと思っている。


(久しぶりに砂糖でも淹れようかな……)


美容に気を付けるようになってからは控えていた角砂糖をホットコーヒーの中に淹れると、砂糖はすぐに溶けていく。


このところ美衣子が食事作りに気合いをいれすぎているせいで、きっと普段の倍近くのカロリー摂取をしているだろう。食事以外では少しでもカロリーを控えたいけど、今は糖分が欲しかった。


こういうときにお酒に強かったら、アルコールの力で不安なことを忘れられるのだろうかと茉那は思う。


(美衣子ちゃんに灯里ちゃんと仲良くなっちゃってたことバレちゃったかな……。バレちゃってるよね……)


背もたれに頭を乗せて、天井を見ながら茉那はため息をついた。


灯里と仲良くすること自体は別に悪いことじゃないけれど、それを美衣子に黙っていたのだから、仲間はずれにしているみたいに思われてしまったかもしれない。


でも、まさか美衣子が匙を投げた茉那と灯里の仲があんなにも簡単に近づくなんて、茉那だって思ってもいなかったのだからどうしようもなかった。仲良くなったことを美衣子に伝えたら、また灯里との関係はきっと崩れてしまうと思ったから、高校時代に美衣子に再度近づき、伝えることはできなかった。


今日は珍しく暇な一日になったのに、灯里が帰ってしまったせいで手持ち無沙汰になってしまう。不意にできてしまった一人でゆっくり物事を考えることのできる時間のせいで、茉那の意識はゆっくりと、高校3年生の頃に向かっていた。


美衣子と仲良くすることを諦めてしまったが、灯里との仲は近づいた。そして、大切なあの子と再会した頃のことを思い出していく……。

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