第40話 嫌な質問

「相変わらず美衣子ちゃん気合入ってるけど、もうちょっと簡単なものでいいんだよ?」


いつものように美衣子がお皿をたくさん並べていると、茉那が苦笑交じりに言う。


「いいのよ、茉那が頑張ってるんだから、わたしもいっぱいご飯作るわ」


「ほんとに大丈夫だよ……?」


遠慮がちに茉那が綺麗な白い歯を見せながら苦笑いするけど、美衣子はとくに気にしなかった。


茉那がゆっくりと、美衣子の作ったエビフライをお箸で摘まみながら、伏し目がちに質問をする。


「ねえ、美衣子ちゃんって灯里ちゃんとはまだ仲が良いの?」


美衣子は茉那の質問を聞いて、自分の顔が一瞬歪んだのを理解した。


灯里……


美衣子にとって思い出したくもない名前。きっと茉那にとっても思い出したくない名前のはずなのに、いったいどういう意図で投げかけた質問なのだろうか。


「ねえ、茉那。エビフライどうかしら? わたし実はエビフライって初めて作るんだけど、上手くできてる?」


「え……?」


美衣子が意図的に話題を逸らしたから、茉那は少しだけソースのついたエビフライを持つ手を止めた。だけど、またすぐに動き出す。


「あ、うん。そうだね。美味しいよ。とっても上手に揚げられてると思う!」


茉那が無理やり笑顔を作った。空気を悪くしたら申し訳ないとは思うけれど、美衣子はなぜ茉那がそんな質問をしてきたのかが気になってしまったせいで、それからはまともに会話をすることができなかった。


じっと食器を見つめて、ほとんど茉那の方を見ずに黙々と食事をとったのは、一緒に生活するようになってから初めてのことだった。普段は静かにならない食卓が今日はビックリするくらい静かだった。


茉那が時々不安そうに美衣子の顔をチラチラと見つめる。このまま食事終わりまで機嫌を伺うようなことをされても不愉快だから、美衣子は吐き捨てるみたいに言った。


「わたしは灯里のことは嫌いよ」


美衣子が答えたけど、茉那はただ困ったように口を開きかけてはすぐに閉じることを繰り返した。好きだと答えると思ったのだろうか。


美衣子は茉那のことは気にせず続けた。


「わたし、大学時代に彼氏がいたのよ」


「そ、そうなんだね」


茉那が恐る恐る相槌を打つと、美衣子が不敵に微笑む。


「灯里もわたしの恋を応援してくれていたし、よく恋愛相談にも乗ってくれたわ」


美衣子が一度静かになったから、部屋の中は誰もいないみたいに静かになった。美衣子は大きく息を吸ってから、続けた。


「でもね、灯里はわたしの惚気話を聞く傍らでわたしの彼氏と付き合ってたのよ」


ふふふ、と笑う美衣子の表情が今まで見たことの無いくらい暗い笑みだったから、茉那は思わず息をのんでしまう。なんて声をかけていいのか分からずに、茉那はごはんに手を伸ばす気にもなれなかった。


茉那には灯里に関していつか美衣子に伝えておこうと思っていたことはあった。けれど、この状況でそんなことを呑気に言える気分にはならなかった。


茉那は胃が痛くなってきていたけど、押し込むように無理やりご飯を飲み込み続けた。食事を食べ終わった瞬間に、美衣子は席を立った。


「片付けるわね」


それだけ言って美衣子は席を立ちあがっていそいそと茉那の机の上のお皿を片付けていく。


「わたしも手伝うよ」


「いいから。部屋で作業しておいてもらったらいいから」


茉那の言葉を遮るみたいに美衣子が言葉を発する。これ以上一緒にいたくないという意思をみせるみたいに。


ごめんね、と小さく呟いてから茉那が俯きながら部屋に戻っていった。

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