第38話 酔ったみたい③

「ねえ、みーちゃんは、わたしのこと好きなの?」


暫くの間ぼんやりと美衣子の方をみていた茉那がようやく口を開いた。


「みーちゃん、っていきなりどうしたのよ?」


多分目の前にいる美衣子のことを呼んでいるのだろうけど、いつも美衣子ちゃん呼びだから、随分と親し気で不思議な気分になってしまう。一緒に住んでいるうちにあだ名で呼びたい気分にでもなったのだろうか。


「どうしたのって、みーちゃんこそどうしたの?」


目の前の茉那はいつの間にか顔を真っ赤にして、机の上に乗せた肘の上に頭を乗せて肘枕にしている。


「茉那、あんたすごい酔ってるわよ……」


「みーちゃん、話そらさないでよ! 愛してるって言ってよ。なんで今日は言ってくれないの? わたしのこと嫌いになっちゃったの? ねえ、もうわたしに愛想尽かしちゃったの?」


茉那が肘枕の上に頭を乗せて、だらっとした格好のまま、涙ぐみながら尋ねてきた。珍しく積極的で、普段の数十倍圧が強くて困惑してしまう。普段の茉那はこんなにも積極的な子ではない。


明らかに現実から離れてしまっている茉那に美衣子が心配そうに声をかける。ぐでんぐでんに酔ってしまっている今は、愛とか恋とかの話をしている場合ではない。


「茉那。水飲んでちょっと横になった方がいいわ」


急いでウォーターサーバーの水をコップに入れて茉那の元へと持っていく。


「お水飲んで」


「うん、ありがとう……。みーちゃんはいつもとっても優しいよね。わたしがボロボロになって帰って来た時もみーちゃんの優しさにわたしはすっごく救われたんだから。ほんとはわたしだってみーちゃんのこと好きなんだよ?」


今も好きってこと? それとも高校時代に好きだったってことをいまさら言っているわけなのだろうか。もしくは他のみーちゃんが存在しているのだろうか……。ほんのり酔っている頭で答えが分かるほど簡単な問題ではなさそうだ。


ぼんやりとしていた表情をしている茉那は今まで見たことがないくらいの色気があった。濡れ感のある髪の毛に、長い睫毛、艶やかな唇、今となっては美衣子よりもずっとモテそうだ。


見れば見るほど、高校時代から止まったままどころか、ダメになってしまっている自分と、高校時代と見違えるくらい進歩している茉那の差から目を背けたくなる。


思わず顔を逸らすと、茉那が机に体重を預けていた体を起こしてから、右手を伸ばして、美衣子の頬に当てた。


茉那は座ったまま、立っている美衣子のことを上目遣いでじっと見つめた。


「ダメ、みーちゃん。目を逸らさないで……」


「茉那? 本当にどうしたのよ?」


その表情があまりにも美しくて、美衣子は緊張してしまう。


「もういいよ、みーちゃん。わたしは美衣子ちゃんじゃなくて、みーちゃんと話がしたいんだよ。今はみーちゃんでいて欲しいんだけど」


「だから、わたしは美衣子だって……って――」


突然、茉那がよろけながら立ち上がり、美衣子の唇に自身の唇をくっつけた。


思わず美衣子が目を瞑ってしまうと、茉那の甘い香りがふわりと美衣子を包み込む。唇同士を触れさせながら茉那はそっと美衣子の唇を舌で舐めた。温かく、くすぐったい舌が美衣子の唇を這っていき、乾燥気味の唇に茉那の潤いが与えられていく。


何が起きているのかわからずに2,3秒ほど硬直していた美衣子が、慌てて茉那から身体を離した。


「ビックリしたわ。茉那あなた随分と積極的になったのね……」


「うん、みーちゃんのおかげ……」


そこまで言うと、茉那がまた机に突っ伏してしまい、スースーと可愛らしい寝息を立てて、そのまま眠ってしまった。


「このワイン睡眠薬とか媚薬とか入ってないでしょうね……」


少し不安になったけど、美衣子は普通に元気なわけだし、その線は薄そう。きっと茉那はアルコールに弱いことに加えて、撮影や案件の打ち合わせが続いて疲れていたのだと思う。いきなり美衣子が家にやってきていろいろと大変だったこともあるだろうし。


とりあえず、美衣子が借りている部屋にタオルケットが何枚か置いてあったから、それを運んできてそっと茉那にかけた。


「おやすみなさい。あんまり無理しないようにね」


気持ちよさそうに眠っている茉那の頭をそっと撫でてから、美衣子は部屋に戻った。洗い物は茉那を起こしたら悪いから明日にしよう。

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