第37話 酔ったみたい②
「わたしも、茉那と一緒にワインを飲む日が来るなんて想像もしてなかったから嬉しいわ。でも、暫く会っていない間になんだか茉那があまりにも凄い人になっちゃてて、遠い存在になっちゃったみたいでちょっと寂しいわね」
目の前で楽しそうにしている子は月原茉那で間違いないのに、高校のときとは同じような目では見られないような気がする。アイドルみたいに可愛らしく笑う茉那はとても眩しかった。
「別に凄くなんてないし、昔と全然変わってないよ。……ううん、ちょっと変わっちゃったかも……」
少し寂しそうな目をした茉那のことが気になったけど、その話を詳しく聞く前に慌てて茉那が話題を変えた。
「そんなことよりも、美衣子ちゃんは何してたの?」
正直あんまり触れてほしくないところなのだけれどと思いつつ、美衣子は答える。
「わたしは大学卒業してからずっとフリーターみたいなことしてたわ」
週に1度か2度くらい課金の為に働いて、そのお金をすべて乙女ゲームのアプリに出てくるキャラクターのリオン様の為に使う。
基本的には家にずっといる生活。リビングで家族と顔を合わすと結婚のこととか、仕事のこととかいろいろと聞かれるから、あまり向かいたくなかったため、食事もろくに摂らずに部屋に籠るような生活。それらをすべてひっくるめて”フリーターみたいなこと”に集約した。
灯里と大学時代に絶交してから、美衣子はいろいろなことを放り投げた。辛うじて大学を卒業できたのも、1・2回生のときに先輩からもらった過去問を使って試験を受けたおかげだし、灯里に裏切られてからは、美衣子は投げやりな生活を送っていた。
「そっか、大変だったんだね」
「大変ってこともないけどね。実家暮らしだし、かなり呑気に生活してたわよ」
大変ではなかったけど、無気力だった。多分、茉那と出会わなければあのままの生活を続けて年をとっていたに違いない。
「そっか、そっか」
茉那がふふっと微笑んでから、ワイングラスの中身を一気に飲み干した。
「お酒弱いんじゃなかったの? あんまりムリしたらダメよ」
「ふふっ、心配してくれてありがと」
茉那が腰を浮かせて、美衣子の方に手を伸ばして頬を撫でた。突然茉那のよく手入れされ、スベスベとした綺麗な指先が美衣子の頬を滑ったから、少し照れ臭くなった。そのまま美衣子の頬をリンゴを触るみたいに包み込みながら、暫くの間、茉那は美衣子のことを見つめて微笑んでいた。
高校時代はずっと茉那のことは小動物みたいな可愛らしさのある子だと思っていたから、今の慈愛に満ちたような大人の微笑みに少しだけドキリとしてしまう。
まさか茉那から色気を感じる日が来るなんて、美衣子は想像もしなかった。同性の美衣子でもドキリとしてしまう。
この仕草と微笑みを男性に向けたらすぐに恋に落ちてしまいそうな、色気のある微笑みだ。落ち着いた色の照明の光が、茉那の綺麗な桜色のグロスを妖艶に反射していた。
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