第30話 再再会②

「何もないなら帰るね」


そう言って茉那が帰ろうとするから、美衣子も立ち上がった。


「待って、茉那! 帰らないで!」


美衣子が茉那の手首を掴むけど、茉那は黙ってその腕を振りほどき、そのままカツカツとヒールの音を綺麗に響かせながら帰っていこうとする。


このまま帰してしまったら二度と会えない気がする。茉那との仲は高校時代には不完全燃焼で終わっちゃったし、久しぶりに会った時に少し気付くのが遅くなってしまったというだけで、茉那が美衣子のことをここまで嫌っているなんて信じられない。何か理由があるのなら、その理由を知りたい。


もう茉那はドアに手をかけているけれど、ピリピリした茉那に声をかける度胸を、今の美衣子は持ち合わせていない。結局茉那とは今度こそもう会う機会はないのだろうかと思っていると、突然、店の奥から声がした。


「茉那ちゃん、お代もらってないよ」


店から出て行こうとする茉那に対して、苦笑いしながら、店員さんが声をかけると、ヒール音が止んだ。茉那が足を止めてから、バツが悪そうに言い返した。


透華とうかさん、人のこと無銭飲食したみたいに言わないでくださいよ! わたし思いっきり怒って雰囲気出しながら帰るつもりだったのに! それにいっつも後払いでも許してくれてるじゃないですか」


茉那がわざとらしく頬を膨らませた。


「ごめんごめん、でも、このまま茉那ちゃん帰っちゃったらもうこの子と会えなくなっちゃうんじゃない? と思って」


透華さんと呼ばれていた店員さんがあっけらかんと笑う。美衣子は状況がわからずにただ二人のやり取りをぼんやりと見守っていた。


「別にもう美衣子ちゃんとは会う気なかったんでいいんですよ!」


「ふうん、茉那ちゃんがいいんならいいけど」


透華の言葉を聞いて、茉那が一瞬両手をグッと握った後に、トボトボと座っていた席の方に戻って来た。そして黙って席につく。


「えっと……、茉那と店員さん知り合いなの?」


「美衣子ちゃんには関係ないでしょ」


言い方は相変わらずきついけど、表情は先程に比べて緩んではいた。茉那が教えてはくれなかったけど、透華が店の奥でお皿を洗いながら楽しそうに言う。


「茉那ちゃんは常連さんだから、仲良くなっちゃったんだよ」


それを聞いて、茉那がため息をつきながら美衣子に向かって言う。


「透華さんは口が軽いから美衣子ちゃんはこの店に遊びに来ても大事な話はしちゃだめだよ」


「あら、ほんとに大事なことは言ってないでしょ?」


「透華さん!」


茉那が、クスクスと笑っている透華のことをキッと睨んだ。はぁ、と大きなため息をついた茉那の表情は、いつの間にかすっかり柔らかくなっていた。


「ごめんね、美衣子ちゃん。透華さんちょっとめんどくさい人だから」


めんどくさい人と茉那は言うけれど、美衣子からすれば場の雰囲気を和ませてくれた優しい人だ。美衣子の中ではこのお店の印象も、透華の印象も、どちらもとても素敵なものになっていた。

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