第26話 変身③

「そんなにわたしのこと避けなくても、教室にタオル忘れたから取りに来ただけよ」


灯里が美衣子から目を逸らしたまま言うから、美衣子はわかった、と手短に答える。


茉那と一緒にいるところを見ても、さすがに今の仲違い中の灯里は取り乱したりはしなかった。とはいえ、さすがにさっきのメイク中のところを見られたら灯里にムッとされたかもしれなかったので、遭遇したのがメイク後で良かったと美衣子は思った。


美衣子と灯里が静かに言葉を交わしている中、茉那は反射的に美衣子の背中に身を隠していた。


茉那は灯里に姿を見られたくなくて、灯里は茉那のことを認識したくない。ある意味両方にとってプラスな関係であるおかげで、その場に茉那はいないみたいな状態になっている。


少し気まずい空気の中で、灯里が話し出した。


「そう言えば、さっき宮原先生が美衣子のこと探してたわよ。絶交中だけど、一応教えといてあげるわ」


「あっ!?」


すっかり忘れていた。


春休みに入るまでに数学Ⅱの課題を出すように言われていたのに、期末テストでそれなりの点を取れて無事に補習を逃れることができた安堵感からすっかり忘れてしまっていた。


課題自体はせっかく終わらせていたのに、危うく提出を忘れるところだった。


「ありがとう、灯里。急いで職員室行ってくる」


仲違いしている最中なのに親切に教えくれたのは元生徒会副会長の真面目さ故なのだろうか。いずれにしても、灯里の優しさに感謝しながら数学Ⅱのノートを持って職員室に行こうとしたら、茉那が美衣子の服の裾を引っ張った。


「行かないで……」


茉那がかなり小さな声で呟いた。それと同時に灯里の舌打ちが聞こえたから、美衣子は反射的に灯里のことを睨んでしまった。


「灯里! 茉那に変なことしないでよ」


美衣子の声に灯里が驚いて、切れ長のつり目を大きく見開いたまま硬直する。


「わたしまだ何もしてないわよ……。いくら絶交中だと言ってもさすがにその言い方は傷つくんだけど……」


次第に灯里の表情がどんよりと曇っていく。


「美衣子にとっての親友はもうわたしじゃないのね……」


今にも目から涙が出てきそうな顔をしながら灯里は無理に笑った。


「ごめん。でも、今までの雰囲気からしてまた何か茉那に酷いことをするかと思ったから」


「今のわたしはもう信用に値しないのね……」


思った以上に灯里が傷ついていて、美衣子も罪悪感が出てきてしまう。どうしたらいいかわからず、結局美衣子は黙って、俯く灯里を見ることしかできなかった。


そんな美衣子を見て、灯里は俯きながら静かに声を出す。


「わたしのことはもう放っておいてもらったらいいわ……。美衣子は早く先生のところに行った方がいいわ。せっかく課題を終わらせたのなら早く持っていくべきだわ」


気まずい雰囲気を避ける為か、灯里が職員室に向かうように伝えてきたから、美衣子は静かに頷いた。お言葉に甘えて美衣子はこの場を離れて職員室に向かうことにした。


「ごめん、茉那、わたしちょっとノート渡してくる! すぐ戻ってくるから!」


駆け出した美衣子のことを茉那が不安そうに見つめていた。


どんな状態であっても灯里と茉那を2人きりでその場に残すなんてするべきではなかったのに、と美衣子は暫く悔やむことになってしまうのだが、このときの美衣子はそんなことを考える余裕はなかったのだった……。


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