第27話 もう会わない
「思ったよりも長く拘束されちゃったけど、灯里のおかげで春休みに入る前に課題を出せてよかったわ……」
美衣子が宿題を提出し終えて、ホッと胸を撫でおろしながら戻ってきたら、茉那が下足室でしゃがんで泣いている姿が見えて美衣子が大きな声を出した。
「ちょっと、どうしたのよ!」
慌てて駆け寄ったけど、茉那は答えようとはしなかった。ただシクシクと泣きながら首を横に振るだけ。
「もしかして灯里に何かされたの?」
そう聞くと、茉那は首を横に振った。
「じゃあ、どうしたのよ……」
「なんでもないよ」
そう言って立ち上がった茉那の顔に施してあったメイクがぐちゃぐちゃに崩れている。なんでもないわけがない。
「やっぱり灯里にやられたんでしょ! さすがにこれはひどいわ! わたし文句言ってく――」
「いいから。もう、いいから……」
駆けだそうとした美衣子の言葉を遮り、茉那が手首をグッと掴んで引き留めた。
「でも……」
「灯里ちゃんのところにはいかないで!」
「茉那がそこまで言うのなら行かないけど……」
こんなに自己主張の強い茉那は珍しい。息が上がってるし、多分メイクが中途半端に落ちてしまうまでの間にいろいろあったのだろう。髪も濡れているし、これではまるでいじめられた後みたいだから、何があったのか確認したいのだけど。
「せめて何があったのか教えて欲しいんだけど」
尋ねると、茉那がゆっくりと首を振る。
「言えないし、追及しないで。とりあえず、もうわたしはこれから二度と灯里ちゃんと揉めないことに決めたから……」
二度と灯里に会いたくなくなるほどの酷い目にあったということなのだろうか。それなのに、放っておいてもいいのだろうか。
「ねえ、本当に大丈夫なの? 灯里に酷いことされたから怖くて近づきたくないってことじゃ――」
ゆっくりと茉那の手を握ろうとしたら、思い切り振り払われた。さっきまでは唇に直接指で触れても何も言わずに受け入れてくれた茉那が手を触れようとしただけで拒絶した。少し美衣子が職員室にいっている間にいったい何があったのだろうか。
美衣子が考えていると、茉那は怯えたような顔をしながら強い口調で言う。
「美衣子ちゃん、もうこれ以上踏み込まないでよ! わたしが灯里ちゃんともう関わらないって言ってるんだから、もうそれでいいでしょ!」
目に涙を溢れさせながら茉那はそう言う。
だけど、そもそも茉那は自分から灯里に近づいているわけではない。茉那が灯里と関わらないためには、灯里が嫌がらせをしてくる理由が無くならなければならないわけで、その理由を考えた時、美衣子の頭に嫌な考えが浮かんでくる。
「ねえ、茉那。まさかと思うけど、それってわたしと関わらないっていうのと同義じゃないわよね……?」
そういうと、茉那は目に涙を浮かべて悲しそうに微笑みながら頷いた。
「待ってよ、茉那。本当に何があったのよ……」
「ごめんね、美衣子ちゃん。わたしの口からは言えないの。でも、悪いのはわたしだから本当に気にしないで……。でも、いきなりこんな風に絶交みたいになっちゃってごめんね……。わたしはそれでもずっと美衣子ちゃんのことが好きだから……、じゃあね!」
そう言って茉那は校舎の外に走り去っていった。今の不安定な茉那を引き留めていいのか少し躊躇している間にどんどん茉那の後ろ姿は小さくなっていく。追いかけようにも今から上靴から履き替えている間に茉那の姿はきっと見えなくなってしまう。
「ちょっと待ってよ! せめて事情くらい説明しなさいよ!」
美衣子が止める言葉も聞かず、茉那の影が小さくなっていく。
「別に本当に絶交するわけじゃないわよね……? 好きって言ってくれたんだし、3年生になっても普通に仲良くできるわよね……?」
そんな美衣子の期待は虚しく、次に美衣子が茉那と言葉を交わすのは、数年後、すっぴんジャージ姿で課金用のカードを買いにコンビニに向かっているときになるのだった……。
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