幕間 あなたは美衣子?①

茉那は電気を落とした自分の部屋のベッドの中にいた。大学に入学し、一人暮らしをしているから、普段は一人用のベッドを使って、一人で寝ているのだけれど、今は一人ではない。


何も身にまとっていない温かい素肌同士を触れ合わせながら一緒に寝ている。裸の状態で同じベッドに誰かと入る行為にも、もう特に何も感じなかった。高校時代の大人しくて真面目だった自身のことを思い出すと、なんだか暗い感情が湧き出てしまい、嫌になる。


そんな感情を置いておくためにも、今は一緒にいる子のことを考えようと思い、茉那が横で見つめ合っている女の子の髪の毛をそっと撫でる。


ふんわりと巻かれ、うっすらブラウンに染められた髪の毛は本物の美衣子のものと瓜二つ。ずっと茉那が触りたかったけど、触る度胸の無かった本物の美衣子の髪の毛の感触はわからなかった。だけど、この子の髪の毛ならもう何百回撫でたかわからないくらい何度も触っている。


もうきっと会うことはないであろう本物の美衣子の存在は少しでも早く忘れなければならないのに、忘れるどころか、こんなことをしているなんて……。


考えれば考えるほど自己嫌悪に陥ってしまいそうだから、茉那は面倒なことを考えずに、横で寝ている”美衣子”の頬をそっと撫でた。


横からヒャッと、少し嬉しそうな声が聞こえてきたから、茉那もちょっとだけ嬉しくなった。これが本物の美衣子だったらもっと嬉しかったのだろうか。それは茉那本人にもわからない。


大学3回生の前期試験がようやく終わったけれど、多分単位はほとんど取れていない。まだ3回生だというのに、すでに4年での卒業は難しいくらい、これまでに取れた単位数は少ない。というより、そもそも人が怖くて大学にもいけていない。


5回生になれば茉那のことを知っている人たちはほとんど卒業しているだろうから、それから必死に単位を取って卒業してしまうか。それともいっそ大学はやめてしまって、アルバイトと動画投稿で生活をしていった方がまだマシなのだろうか。


……いや、今はせっかく”美衣子”と同じベッドで寝ているのだから、そんなことを気にするのは野暮かもしれない。できるだけ現実を忘れて、茉那は目の前の子のことを美衣子と思い込むことに専念しようと思い、ゆっくりと深呼吸をする。


そんなことを考えていると、掛け布団の中に一緒に入ったまま、“美衣子”が体を茉那の上に乗せて、そっと茉那の乳頭を口に咥えた。


茉那自身、背が低いのに乳房が人よりも大きいことは高校時代からのコンプレックスだった。もし、自分が灯里のように背が高くてスレンダーなら、本物の美衣子も茉那のことを愛してくれたのだろうかと考えたことは1度や2度の話ではない。


それでも“美衣子”はそんな茉那の身体を愛してくれている。とくに、乳頭を咥えるのが好きみたいで、一緒に寝るときは甘えてくるのだった。


「美衣子ちゃん、くすぐったいからそろそろ離れて欲しいな」


「あ、ごめんなさい、茉那さん……」


「茉那……?」


“美衣子”の言葉を聞いて、茉那の中のすっかり高揚していた気持ちが瞬時に冷めてしまい、呆れたようにため息を吐き出した。それと同時にそれまで茉那に甘い視線を向けていた”美衣子”の表情が強張った。


茉那と”美衣子”の甘い時間は終わる。茉那が冷たい視線で美衣子に似せた子を睨んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る