第25話 変身②
「最後にリップを塗るわね」
色のついたリップクリームは潤いと見た目の変化、両方を与えてくれる。美衣子はお気に入りの可愛らしい桜色をしたリップクリームを指で拭いながら尋ねた。
「これわたしがいっつも使ってる奴だけど、大丈夫かしら?」
潔癖症とかだったら申し訳ないなと思って尋ねたけど、茉那はチークを塗ったばかりの赤くなった頬をさらに真っ赤にして答える。
「だ、大丈夫っていうのはどういう意味で聞いてるの?」
「どういう意味って……、衛生面とか清潔感とかそういう意味以外に何かあるのかしら?」
別に普通に聞いたのに、茉那が小さな声で「美衣子ちゃんのいじわる……」と呟いたから、どういう意味か尋ねようとしたけど、それより先に茉那は続けた。
「衛生面とかはまったく気にしないし、美衣子ちゃんの私物が汚いわけないから大丈夫だよ。でもわたし、美衣子ちゃんのこと好きなんだから、そんなことされたらいろいろ大丈夫じゃなくなっちゃうよ!」
ほんのり目を潤ませながら茉那が言う。特に意識なんてしてなかったのに、初めてのメイクをして、恋をしている状態の茉那は普段以上に可愛らしくて、美衣子の方も緊張してきてしまう。
「えっと……、じゃあ、やめとく?」
今度ははっきりと「美衣子ちゃんのいじわる!」と言って、茉那が美衣子のことをキッと睨んだ。今まで見た事ないような怖い顔をしていたから、美衣子は思わず背筋を正してしまった。
「わかったわよ。ちゃんと塗るからそんな怖い顔しないでよ」
「え、わたし怖い顔になってたかな……?」
安堵の表情で美衣子に尋ねる。いつも通りの穏やかな茉那の表情を見て、美衣子はホッと胸を撫でおろしながら笑う。
「かなり怒ってたわよ」
答えながら、美衣子はもう一度リップを掬い取った。
「動かないでね」
茉那が目を瞑って、少し口を突き出している。リップを塗りやすくする為の配慮なのだろうけど、絶賛片思い中の相手に意図せずキス顔を見させる形になってしまって、少し申し訳ない気もする。
美衣子はゆっくりと人差し指で茉那の唇をなぞっていく。形の良い茉那の唇に美衣子が指を這わせていくと、美衣子の指の動きに合わせて茉那の唇に潤いが与えられていく。
「終わったわよ、茉那」
美衣子の声を聞いて、少し物足りなさそうに茉那はゆっくりと目を開けた。
「ありがとう、美衣子ちゃん」
お礼を言っている茉那の目の前に、美衣子がそっと鏡を差し出した。茉那が目を開けた瞬間、目の前にいるのは間違いなく茉那のはずなのに、でもそれが自分には見えなかった。
「まだ学校だからすっごいナチュラルなメイクだけど、それでも雰囲気変わるでしょ?」
うん、と茉那が静かに頷いた。困ったように、でも嬉しそうに、茉那は鏡を見つめていた。
「元々可愛らしい顔してたからもっと良くなると思ったけど、思ったよりいいわね」
ふふっ、と笑って美衣子が立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
茉那も立ち上がる。そして一緒に教室を出た瞬間にばったり出くわしたスラリと背の高いロングヘアのあの子。
「灯里……」
美衣子が小さく呟くのと、灯里が美衣子から目を逸らしたのはほとんど同時だった。
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