第63話 新しいお友達②

とりあえず、灯里が学校に来るのならもう寂しそうな美衣子を見なくて済むからと思い、茉那も一安心していると、店員の女性が笑顔でカプチーノの入ったカップを2つ持って灯里と茉那のテーブルに近づいてくる。


茉那や灯里よりも少し年上のようだけど、そんなに歳は離れてなさそう。まだ若いのに、一人でお店を回しているようだった。


「灯里ちゃん、いつもありがと。そっちの子は灯里ちゃんのお友達?」


「ええ、そうよ。お友達よ」


無邪気で楽しそうな店員さんと落ち着いた様子の灯里は、なんだか灯里のほうが年上に見えてしまう。店員さんが茉那とそんなに変わらないくらいの背丈だからというのもあるのかもしれない。


そんなことを考えていると、店員さんが茉那の方を見て、ニコリと微笑んだ。


「わたしはこのお店の店長をしている帆風ほかぜ透華とうかっていうの。よろしくね」


スッと銀色のお盆を持っていない方の手を伸ばしてくる。人懐っこいお姉さんだな、と思いながら、茉那も小さな声で名乗る。


「月原茉那です……」


座ったままそっと触れるみたいに手を握り返した。


「もう自分のお店持っているなんてすごいですね。まだ透華さんって大学生くらいですよね……?」


茉那の言葉を聞いて透華が苦笑した。


「一応去年大学を卒業したばっかりではあるけど、凄くはないよ。元々パパのお店だったのをわたしが引き継いだだけだから。パパは店を畳むつもりだったんだけど、無理言って引き継がせてもらったの」


それを聞いて、灯里も頷いていた。


「わたしのパパもここのお店によく来てたのよ」


「灯里ちゃんのお父さんすっごいイケメンだったよね。既婚者じゃなかったら好きになってたかも!」


透華が楽しそうに語っている。


「人の親のこと恋愛対象にされたらとても困るわね」


灯里がコーヒーカップを持ったまま、ため息をついた。


「冗談だって。でもカッコいいのは本当だったよ。最近みないけど、元気にしてるの?」


「ええ、おかげさまで。まあ、今は仕事でヨーロッパの方に長期出張中だからこの辺には住んでいないけど」


そう言って灯里がゆっくりとカプチーノを啜る。


「そっか、よかったぁ。灯里ちゃんのお父さんももうお店に来てくれなくなったのかと思ったよ」


無理に作ったように笑う透華を見て、灯里がコーヒーカップの中に視線をやりながら、普段よりも小さな声でポツリと言葉をこぼした。


「日本に戻って来てもこのお店に来るとは限らないわよ」


透華が小さな声でえっ、と呟く。


「どういう意味?」


「そのままの意味よ。わたしのパパは透華のお父さんのいるお店が好きだったから、透華目当てで来るかどうかはわからないわよってこと」


穏やかに流れていた店の中の空気が突然ひりついたのがわかる。優しい先生が静かに怒り始めたときのあの空気。


店内に他にお客さんがいないから、この空気を第三者として茉那は一人で浴びなければならない。茉那はどうしたらいいのか分からずに灯里と透華の顔を順番に見る。


灯里の言葉を聞いて、透華が泣きそうな顔をしていた。あくまで冷静な灯里とは対象的で、やっぱり透華の方が灯里よりも幼く見えてしまう。


灯里のことを止めた方がいいのだろうか。透華が言葉を返せずにいると、灯里が取り繕うように続けた。


「でも、別にそれは透華が悪いわけじゃないわよ? 透華のお父さんは髭を蓄えたダンディな姿でこのお店を経営していたのに、それが透華みたいに可愛らしい子が店長になったのだから、当然客層が変わることは考えないといけないわ。あなたがお父さんのお店を好きな気持ちはわかるけど、変わらないと」


「うん、でも……」


透華は何か言いたそうだったけど、結局その後に言葉は続けず、俯いたまま静かにトボトボとお店のカウンターの奥に戻っていった。茉那は困ったように、去って行く透華のことを見ていた。


「そろそろ出ましょうか」


灯里が立ち上がるから、茉那も一緒に立ち上がる。透華を一人で置いて行くのは心もとないけど、かといって今茉那がここに残っても何もしてあげられなさそうだし……。


お店からでると、灯里がすぐに口を開いた。


「わたしのこと、また嫌いになったかしら?」


「え……?」


いきなりのことに茉那は困惑してしまう。


「さっきの透華への言葉、明らかに言い過ぎだったから。前々から言いたかったことなの。今日は茉那もいたから冗談めかして和やかな雰囲気で言うちょうどいい機会だと思ったのに、かなり真剣な口調になってしまったわね」


灯里が大きなため息をついた。茉那が黙っていると、灯里は淡々と続ける。


「前々から透華は自分がオーナーになってからお店の常連さんがどんどん来なくなってたことを気にしていたのよ。でも、それは今までの常連さんが透華のお父さんと会いたくて通っていたのだから仕方がないことなのよ。透華には透華の魅力がたくさんあるのだから、自分の魅力を全面に押し出して店づくりをしていくべきだとわたしは思っているのよ……、っていきなりこんなこと言われても困るわよね」


一通り言い切った後に、灯里が苦笑した。透華の店に初めて来た茉那としてはいきなり言われても困ったけど、灯里が優しさから指摘していたことは分かった。


「わたしには二人の関係性がよくわからないからなんとも言えないけど、ちゃんと灯里ちゃんが透華さんのことを思って言っているんだったら、わたしは素敵な関係性だと思うよ」


「関係性はオーナーと最近通い始めた客というだけの関係よ。だから、ちょっと踏み込み過ぎたとは思うわ。でも、透華がお店のお客さんが減っていることはとても気にしているから、わたしは透華に自分の魅力に気付いてほしかっただけ。……わたしは透華のお店が大好きで通っているのに」


灯里が大きなため息をついてからは、それっきりお店のことには触れなくなった。


結局、その後は無難な話をしてそれぞれ帰り道が分かれたところで解散した。あれだけどうやっても心が通じなかった灯里と、こんなにも簡単に思ったことを言えるような仲になれるなんて、茉那はまだ実感がなくぼんやりとした足取りで家に帰ったのだった。

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