第64話 会ってしまった

「この季節は外でお弁当を食べた方がポカポカしてて美味しいですね」


美紗兎みさとが太陽のほうをチラッと見て、気持ちよさそうな声をだした。美紗兎は相変わらず茉那に合わせてお弁当を中庭で食べてくれていた。美紗兎の人懐っこい性格ならきっと同じクラスにも友達がいるだろうに、こうやって一緒にお弁当を食べてもらっていることが申し訳なくなってしまう。


「ねえ、わたしと一緒に食べなくても、クラスの子と食べてもらってもいいんだよ?」


「わたしと一緒に食べるの嫌でしたか?」


美紗兎が不安そうにこちらを見つめてくるから、茉那は慌てて首を横に振った。


「そんなことないよ。でも、わたしといてもつまらないと思うし……」


「茉那さんはわたしといたらつまらないですか?」


美紗兎が不安そうに聞いてくる。


「つまらないわけないよ。わたしはすっごく楽しいよ! でも……」


美紗兎はお弁当をベンチの上に置いて、茉那の頬を両手で挟み込み、顔を美紗兎の方に向けた。至近距離でジッと視線を合わせて美紗兎が言う。


「じゃあ、何も問題ないじゃないですか。わたしは茉那さんと一緒に居たいからいるんですよ。ずっとずっと、ずーっと茉那さんと一緒にいたいから傍にいるんです。だから、そんなに不安そうなこと言わないでください。それとも、わたしのこと信用できないですか?」


「そっか……」


茉那が小さく微笑んだ。これ以上はもう美紗兎の感情を疑うことはやめておこう。そう思って再びお弁当に手をつけようとする。


「茉那さん、口開けてください」


「え?」


ぼんやりと開けた口に、美紗兎が自分のお弁当の中に入っていた唐揚げを突っ込んできた。


「わたしなりの愛情表現ですよ」


美紗兎がニコリと笑って続ける。


「だから、あんまりネガティブにならないでくださいね。わたしは何があっても茉那さんのこと大好きなんですから!」


「ふふっ、ありがと」


茉那も笑い返した。優しい美紗兎のことは、やっぱり本物の妹みたいに可愛らしくて大好きだな、と茉那も思った。


口の中に少し硬めのお弁当用の唐揚げの味がジワリと広がる。美紗兎と再会できて本当によかったな。


そんな平和な時間を過ごしていると、ベンチの後ろから茉那を呼びかける声がした。


「随分と楽しそうね、茉那」


彼女の声につい不穏なものを感じてしまったけれど、その考えを慌ててしまい込む。彼女とはもう仲直りしたのだから、何も怖がることはない。


だけど、茉那は声に反応して反射的に姿勢を正してしまった。やましいことは当然無いし、その声に怯える必要もないのに。フーっと大きく息を吐きだしてから、にこやかな表情を作り、声に応じた。


「よかった、無事に学校来れるようになったんだね、灯里ちゃん」


「ええ、心配かけたわね」


一瞬美衣子も一緒にいるのではないかと期待してみたけど、今は珍しく灯里一人で中庭に来ていたようだった。


「お昼休みに美衣子の教室に遊びに行ったけど、5限の数Ⅱの宿題に追われているみたいなのよ。わたしが貸してあげたノートを今頃必死に写していると思うわ」


茉那の方から美衣子のことを尋ねるより先に灯里が答えた。学校を1ヶ月以上休んでいたのに、早速ノートを写させてあげているあたりさすが学年トップの優等生灯里だ。


「可愛い美衣子の横顔を眺め続けていてもよかったんだけど、茉那には一応学校に来ていることは言っておかないと、と思って。心配かけちゃったものね、主に美衣子のことで」


灯里がいたずらっぽく笑う。


茉那が心配していたのが怪我をした灯里のことだけでなく、ひとりぼっちになってしまっていた美衣子のこともあるということを見抜かれてしまっていて、少し居た堪れなくなってしまう。


「何にしても、灯里ちゃんが無事に学校に来れてよかったよ」


茉那が苦笑まじりに返していると、横から美紗兎が茉那に耳打ちをしてくる。


「誰ですか、このモデルさんみたいに綺麗な人? 茉那さんのお友達ですか?」


「あ、この人は」


茉那が説明しようとしたけど、先に灯里が口を開く。


「はじめまして。ゆずりは灯里です。茉那とは……、そうね、恋敵ってところかしら」


灯里は冗談めかして言ったけど、かなり正確な関係性だった。


「恋敵……」


美紗兎が小さな声で反芻していた。明らかに困惑していたから、慌てて茉那は訂正した。


「違うよ、みーちゃん。灯里ちゃんは普通のお友達だから。よく見たらわかるでしょ? こんな綺麗な人とまともに恋のバトルなんてして勝てるわけないんだし、初めから挑まないよ!」


さすがに久しぶりに会って間もない幼馴染に、学内で自分の失恋の話を聞かせるのは恥ずかしすぎる。慌てて茉那が取り繕って、話を合わせてもらうように灯里に目配せをした。


「……そうね、わたしと茉那はただの友達よ」


「ああ、そうなんですね。ビックリしました」


美紗兎がホッと胸を撫でおろした。


「わたしはみやこ美紗兎って言います! 茉那さんとは幼馴染なんです」


いつものように美紗兎は愛嬌満点の笑みを灯里に向けていた。


「随分と可愛らしい子ね」


灯里が一瞬チラリと茉那の方を見てから美紗兎に微笑みかけた。灯里の心をも一瞬で掴んでしまう美紗兎はやっぱり凄いと思ってしまう。


「そうだ、美紗兎ちゃん。メッセージアプリのID教えてもらってもいいかしら?」


「いいですよ」と快諾した美紗兎の言葉を聞いて、茉那が「え?」と小さな声を漏らした。その声には美紗兎だけでなく、灯里も反応した。


「どうかしたのかしら?」


灯里の声を聞いて茉那はしどろもどろしてしまう。


「その……、わたしはまだ灯里ちゃんのメッセージアプリのID聞いてなかったな、って思って……」


灯里が本当は優しいことはもう知っているのに、何か企んでいるのではないかと邪推してしまう自分のことが茉那は嫌になってしまった。


もし灯里と美紗兎が仲を深めることで美紗兎との仲まで引き裂かれてしまったら、今度こそ本当に茉那は立ち直れなくなってしまいそうだ。茉那には聞かなかったのに美紗兎にだけ聞くなんて絶対におかしい、そんなことを思ってしまっていたけれど、灯里は納得したように微笑んで茉那の方にスマホを向けた。


「ごめんなさい。茉那はわたしのこと嫌いだと思ってからやめておいたのよ。わたしのこと嫌じゃないんだったらぜひとも教えて欲しいわ」


灯里が何事もなかったかのように言うから、邪推してしまったことにいよいよ本格的に罪悪感を覚えてしまう。悪事を企んでいるどころか茉那に気を遣ってくれていたなんて。


「ありがと……」


茉那が恐る恐る灯里を見上げると灯里が微笑んでくれていたのでほっとしたのだった。灯里とは本当の友達になれるかもしれない。


もっとも、美衣子と親しくならないという条件付きの友達関係を本当の友達と呼んでいいのかは怪しいところではあるのだけれど……。

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