第61話 謝罪

ゴールデンウイーク真っ只中、すっかり夜更かししていて朝寝坊気味だった茉那は母親の声で目が覚めた。


「茉那ー、お友達よー。上がってもらってるから」


「お友達……」


茉那は目を擦りながらぼんやりと呟いた。モコモコのナイトウェア姿のままだったので、とりあえず部屋着に着替えながら考える。


尋ねてきてくれたお友達って誰だろう? 


美紗兎が来たなら“お友達”という呼びかけ方じゃなくてちゃんと名前で呼んでくれるはず。そうなると、もう茉那の家に尋ねてくる人は一人しかいない。


「もしかして……、美衣子ちゃん!」


慌てて鏡を見て、跳ねている髪の毛を抑える。けれど、部屋の中では何度抑えてもぴょんぴょん跳ね続けた。これ以上美衣子を待たせても悪いし、大急ぎでリビングへと向かった。


「遅くなっちゃってごめんね! 美衣子ちゃ……」


会わないようにしていることなんてすっかり忘れてウキウキしながら美衣子だと思ってリビングに入った茉那だったが、訪問者の姿を見た瞬間に、さっと顔が青ざめてしまった。


「えっと……、こんにちは灯里ちゃん……」


もう美衣子に近づいてないのに、いったいどういうことなのだろうか。それもわざわざ家にまでやってくるなんて、きっとこの間のメイク落とし事件のときよりもさらに怒っているに違いない。


でも、心当たりなんて何もない。何を怒らせたのだろうか、と茉那の呼吸が乱れてくる。背筋を正してこちらを見つめる灯里の姿を見るのが怖くて、灯里に近づくことができず、部屋のドアの近くで立ったままじっと地面を見てしまっていた。


だから、違和感に気づくのが遅くなったのだろう。今日の訪問者は灯里一人ではなかったことに。横に座っている、灯里によく似た鼻筋の通った、イーラインのしっかりしているスタイルの良い綺麗な女性の存在に。


(もしかして、灯里ちゃんのお母さん……?)


茉那は立ち止まったまま顔を上げて、ぼんやりと灯里の横に座る小綺麗な女性を見つめてしまっていた。そして、次に灯里の母親のような人物から出てきたのは、思ってもいなかった言葉だった。


「うちの灯里がいろいろと茉那さんにご迷惑をおかけしたみたいで、本当に申し訳ございませんでした……」


「今まで本当に申し訳ございませんでした」


よく澄んだ灯里の母親の声に続いて、灯里も立ち上がって謝った。困惑している茉那の視線の先で、茉那の母親が慌てて2人に頭を上げるように言っている。その様子が始めはまだ寝ぼけているのだろうかというくらい非現実的だったけど、だんだんと現実のものとして茉那の頭に入り込んでくる。


茉那は慌ててテーブルに近づきながら、母親に続いて灯里に頭を上げるように伝えた。茉那と母親が頭を上げるようにいってからも、暫く灯里たち母娘はひたすら謝罪を重ねていた。


灯里が茉那に対して意地悪な態度を取ったことを謝られているけれど、茉那は灯里といた時間はそんなに長くはないし、結果として灯里と美衣子の中を引き裂いてまで、美衣子と一緒にいられたわけだから、意外とダメージは少ない。


終業式のメイクを洗い流されたのは傷ついたけど、その後に物理的に傷を負った灯里の方が辛い思いをしただろうし……。


そして何より、茉那にとって美衣子と仲良くできただけでとても楽しかったし、今は美紗兎が近くにいてくれるおかげで寂しくない。灯里には確かに嫌なことはされたけど、もうそんなことはどうでも良いくらい、今の茉那は満たされていた。


それでも、灯里は終始反省した表情と言葉を発し続けていた。お互いの母親が同席している状況では美衣子がいた頃のような意地悪な態度を取るのは不可能だから表面上反省しているふりをしているのかもしれないという考えも少しよぎる。


だけど、この謝罪の時間が終わった後に、灯里に誘われてカフェに行ってから考えは変わった。灯里は今までの態度からは信じられないくらい茉那に優しかった。

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