第60話 新しい日常
学校帰りに寄った公園のベンチで
「やっぱり春先のアイスは美味しいですね!」
コンビニで買ったアイスにスプーンを突き刺す美紗兎を見て、茉那も頷いた。ホントはアイスを食べる季節としては少し寒いので、アイスの美味しい季節としては適切な時期なのかどうかはわからないけど、美紗兎と一緒に食べるアイスが美味しいことには変わりなかった。
ゴールデンウイーク前の4月終わり頃になっているけれど、今年は例年よりも寒い日々が続いているせいで、まだ少し肌寒い。だけど、茉那の心はとっても温かかった。
気心の知れた美紗兎が同じ高校に入って来てくれたおかげで、美衣子と会わなくなっても独りにはならなかった。学年が違うから、クラスでのボッチは変わらないけれど、それでも同じ学校に信頼できる後輩がいるというのはとても頼もしい。
美衣子と会わないと心に決めたから、憂鬱な高校3年生の日々を送るものだとばかり思っていたのに、美紗兎のおかげでそれは杞憂に終わった。
中学3年間は茉那が浮いていたこともあり、美紗兎にあまり声をかけない方が良いのかもしれないと思い、関わらないようにしていたけど、今は長い間会っていなかったことが信じられないくらい元通り仲良くなっていた。
そんなことを考えていると、すぐ横で美紗兎が大きな口を開けて茉那の方を見ているのに気がついた。
「みーちゃん、どうしたの?」
「いつものやつですよ!」
「いつもの……?」
茉那の質問を聞いて、美紗兎が頷く。この状況でいつものって……。
幼少期には母親以外の人と一緒にご飯を食べることが苦手だった美紗兎となんとか一緒にご飯を食べようとあれこれ試行錯誤した結果、一番喜んでくれたのが茉那がご飯を食べさせてあげることだった。それから美紗兎は小学校に上がっても2人だけのときには、親鳥が小鳥にご飯を上げるときのように、茉那からおやつを食べさせてもらうことが多々あった。
茉那はカップに入ったバニラアイスをスプーンで掬った。茉那の動きを確認してから、美紗兎がより一層大きな口を開けて待っている。美紗兎の綺麗に並んだ白い歯の奥で淡紅色の綺麗な舌が待ち構えていた。
茉那はコンビニのアイス用の小さなプラスチックスプーンにできるだけいっぱいカップアイスを乗せて、美紗兎の口に運ぶ。口に入ったのを確認してから、美紗兎は口を閉じて、美味しそうにアイスを食べている。それを見て、茉那は習慣で美紗兎の頭をポンポンと軽く2回触ってから微笑む。
「よくできました!」
茉那が美紗兎にご飯を食べさせてあげた時には、美紗兎がきちんと食べてくれたら褒めてあげていた。だから、その時の癖でいつも通り頭を撫でたのだ。
「いや、茉那さん、そこまではしなくてもいいですよ……。公園で頭ポンポンされても恥ずかしいですし……」
美紗兎が前髪を触りながら俯きがちに伝えたけど、茉那としてはどちらかと言えば食べさせてあげる方が恥ずかしい気がするのだけど、と思いつつもそれ以上は言わなかった。
暫くの間、温かい日差しの入る公園でのんびりと2人で話していたのだけど、何気なく公園の外に視線を向けると、そこに茉那が良く知る人影を見つけてしまい、茉那の表情が強張る。
「……茉那さん?」
突然黙り込んでしまった茉那のことを不審に思い、美紗兎が心配そうに茉那の顔を覗き込んだ。
「ごめん、みーちゃん、ちょっとの間だけ静かにしといて」
「え? なんでですか、茉那さん……?」
「わたしの名前も呼ばないで!」
困惑する美紗兎のことをよそに、茉那は慌ててベンチの後ろに隠れた。決して公園の外から見えないように、ベンチと、ベンチの後ろにあった木々の間に身を隠す。
「いきなりどうしたんですか?」
美紗兎が座りながら上半身をひねって後ろを向き、ベンチの裏に隠れる茉那のことを心配そうに見下ろしていた。
茉那は弾む鼓動を抑えながら、美紗兎にどう説明しようか考えていた。まさか美衣子が公園の近くを歩いていたから反射的に身を隠したなんて言えないし……。
そして、茉那には気になることがあった。
(なんで美衣子ちゃんは一人で帰ってたんだろう……?)
学校に結構近い公園だから、一緒に帰っているなら灯里とまだ一緒にいるはず。偶然灯里が美衣子と一緒に帰っていなかったという可能性もあったけど、灯里の美衣子への執着心を考えれば、その可能性はかなり低そう。茉那の知っている限り、絶交していた時期を除いて灯里は常に美衣子と一緒に帰っていた。
茉那の方から美衣子と一緒にいるのをやめた以上、灯里と美衣子が絶交を続ける理由はない。てっきり今はまた灯里と美衣子はいつも2人で一緒にいるものと思っていたのに……。
「茉那さん……?」
美紗兎の言葉に我に返って背を正す。
「あ、えっと、ごめんね。ちょっと考え事しちゃってたみたい」
美衣子がもうどこかへ行ったのをベンチの隙間から確認して、ゆっくりと茉那はまたベンチに戻った。
「いきなりベンチの後ろに隠れてどうしたんですか?」
美紗兎はまだ茉那のことを不安そうに見つめていたけど、茉那にはその理由を上手く説明できる自信がない。
「そろそろ帰ろっか」
強引に話を切り上げて、先にベンチから離れて歩き出した。美紗兎はまだ理由を聞きたそうにしていたけど、歩き出した茉那のことを慌てて追いかけた。
「そういえば、駅前に美味しいシュークリーム屋さんができたみたいだから今度一緒に行こうね」
「え、はい!」
美紗兎はまだどこか引っかかるところはありそうだったが、もうそれ以上は聞いてくることはなかった。いつの間にか、話は茉那が隠れた理由からシュークリームの話へと完全に移っていた。
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