第58話 久しぶりのボッチの味①
元々美衣子と仲良くなるまで、茉那は中庭で一人でお弁当を食べることが多かった。3年生になり、美衣子とはもう会わないことにした以上、また元通りお弁当を一人で食べることになった。
今日も中庭で一人、ベンチに座って膝の上にお弁当を置いてチビチビと食べていた。
(美衣子ちゃんと一緒に食べていたときはもっと美味しかった気がする……)
フッと目の前に浮かぶ美衣子の優しい微笑みを思い出して茉那はため息をついた。
(今年は寂しい1年になりそうだな……)
一人で冷たいご飯をお箸で摘まんでいると、突然茉那に話しかける声がした。
「あの、茉那さん」
美衣子以外に茉那のことを呼ぶ人間の心当たりがなかったけど、その声にははっきりと聞き覚えがある。茉那が振り向く前に、声の主が大きく息を吸ってから元気に続けた。
「お久しぶりです!」
胸の鼓動が高まる。茉那がゆっくりと呼吸を落ちつけながら顔を上げてみると、懐かしい顔がそこにはあった。
「みーちゃん……、だよね?」
「はい! わたしは美紗兎ですよ、茉那さん!」
一語一語、美紗兎の言葉は喜びに満ち溢れていた。自分に会ってこんなにも喜んでくれる子がいることが、茉那は泣きそうなくらい嬉しくて、すでに瞳は潤みつつあった。
「みーちゃん、うちの高校受けたんだね」
「地元だったので頑張って入ったんですけど、まさか茉那さんに会えるなんて思わなかったです!」
喜びが溢れきった笑みを浮かべながら、美紗兎が茉那の横に座った。茉那はほんのり瞳を潤ませながら、懐かしい顔を見つめていた。美紗兎もすぐ横から茉那のことを見つめていたから、至近距離で2人で見つめ合っている形になる。
ふだんの茉那ならこんな近くで人と見つめ合うなんて、恥ずかしくて視線をそらしてしまうけど、この子だけは別だ。美紗兎は茉那にとって明らかに特別な子なのだから。
茉那が幼稚園の年長の頃に隣家に引っ越してきた美紗兎。初めは美紗兎がかなり人見知りをしていたのだけれど、毎日のように一緒にいるうちにいつの間にか2人は本物の姉妹みたいに仲良くなっていた。
そんな美紗兎と再会できたのだから、当然嬉しくないわけがない。茉那は最近まったく笑っていなかったし、それどころかろくに表情筋を動かしてもいなかったけど、さすがにこの子と再会したら、自然と心の底からの笑みを浮かべることができた。
とはいえ、よりによってボッチ飯をしているところを見られるなんて我ながらついていないとも茉那は思った。
「この学校の中庭、こんなに暖かくて気持ち良いですね! 茉那さん、いっつもここでお弁当食べてるんですか?」
「えっと……、うん」
小さく茉那が頷いてから続ける。
「ごめんねみーちゃん。わたし全然友達いなくて一人でお弁当食べているんだよね」
茉那が謝ると、美紗兎は首を傾げる。
「えっ、茉那さんなんで謝ってるんですか?」
「せっかく久しぶりに会ったのに、相変わらずボッチで申し訳ないなあって思って……」
「ごめんなさい、茉那さん。本当に何で謝っているのかわからないですけど、わたしは茉那さんが一人でいてくれる方が嬉しかったりして……」
語尾の方はとても言いづらそうに、もにょもにょとさせながら言っていた。
「そうだよね、わたしには一人がお似合いだよね……」
茉那はてっきり美紗兎が地味なことをからかってきているのかと思って苦笑いしながら俯いて答えた。一人になってしまった経緯がぼんやりと脳裏によぎる。
美衣子に告白したことや、振られたけど仲良くなったこと、そして茉那が美衣子と仲良くしたせいで、灯里の顔にけがをさせてしまったこと。いろいろなことを思い出して、苦笑いしていたはずなのに、いつの間にか涙ポトリと落ちてしまう。
「茉那さん?」
困惑したように美紗兎が顔を覗き込んでくるから、一刻も早く涙を引っ込めないといけないのに、ぽたぽたと涙は零れ続けた。
「茉那さん、大丈夫ですか?」
慌てて美紗兎がハンカチを取り出した。美紗兎が茉那のメガネをそっと持ち上げてから、優しく目元をハンカチで撫でる。柔軟剤の香りがするタオルハンカチが目元をくすぐってこそばゆかった。
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