Ⅲ
第46話 高校からのお友達①
透華の経営するいつもの喫茶店で、茉那は灯里と向かい合って座っていた。
「茉那から連絡くれるなんて珍しいわね。一体どうしたのかしら?」
純粋に疑問に思っている様子の灯里が、コーヒーカップをソーサーに戻してから首を傾げた。
「灯里ちゃんと久しぶりにお喋りしたくなったから、ちょっと連絡とらせてもらったんだ」
「そう。茉那にそんなこと言ってもらえるなんて嬉しいわね」
灯里が上品に微笑んだ。灯里は休みの日だというのに、埃一つ付いてないブラックのテーラードジャケットにフレアスカート、そして低めのパンプスというしっかりとした仕事用の服装でやってきていた。
背の高い灯里がレディーススーツを着こなす様子はとても様になっていて、かっこよかった。
「その服装、もしかして今日仕事だった……?」
「まあ仕事を言えば仕事だけど、朝のうちにちょっとクライアントのとこに顔出しただけだから、ほとんど仕事のうちに入らないわね」
休みの日まで仕事をしているのかと美衣子が少し心配そうに灯里のことを見つめた。パッと見ではわからなかったけど、灯里はメイクを濃くしてクマを隠したり、厚めにファンデーションを塗ったりしている。
相変わらず綺麗な人だけど、疲労が顔に出ていて、休みの日に呼び出してしまったことが申し訳なくなってしまう。
灯里は社会人になってから、高校時代のトレードマークだった長くてサラサラした真っ黒な髪をバッサリと切って、今はショートヘアに変えていた。ほんのりウェーブがかった髪はとてもカッコいい。
姿勢を正して茉那の方を見つめている灯里は日頃から真面目で優秀な社会人なのだろうというのが容易に想像がついた。きちんと大学を卒業して就職をした灯里の姿は、それだけでも羨ましかった。
大学を中退して、初対面の人からの視線が怖くてフリーターにもなれず、一人で動画の撮影編集をして生活していくしかない茉那からしたら、とても眩しかった。
灯里の姿はどこからどう見ても、いわゆるバリキャリであるし、実際にそうなのだろう。前に勤務先を聞いたことはあるけれど、会社のことには疎い茉那でもよく知っているような大手の外資系企業で営業職として働いていると聞いた。
高校時代から学年トップだった灯里は優等生そのままに大人になったように見える。
美衣子を介さなければ灯里という人物は聡明でしっかりしていて、優しい人であることは茉那も良く知っている。今は美衣子とはほとんど会っていないようだから、きっと灯里は充実した毎日を送っているのに違いない。
だから、本当は灯里の前で美衣子のことを話しだすのは良くない気はしていたけど、この間の戸惑ったような美衣子の表情が忘れられなかった。
人の悪口なんてほとんど言わない美衣子が明確に嫌っていたのだから、一体美衣子と灯里の間に何があったのかは知っておかなければならないと思った。美衣子から詳しいことが聞けなさそうな以上、頼れるのは灯里しかいない。
「でも、社会人になってからこうやって気軽に話せる相手がいるのって嬉しいわ」
灯里が本心から嬉しそうに話す。今の茉那の心情的に気軽ではないのだけど、そう言われて悪い気はしなかった。茉那は灯里に微笑み返した。
「わたしも、灯里ちゃんと、きちんと仲良くなれて嬉しいよ」
早く本題に入らなければならないと思いつつも、なかなか美衣子の話を切り出せなかった。
高校時代に美衣子に初めてメイクをしてもらった日、灯里がそれまでとは比にならないくらい怒ったことを思い出す。迂闊に美衣子の名前なんて出して同棲していることがバレてしまったらどうなるのだろうか。
目の前にいるのはテーラードジャケットを身に纏っている、大人っぽい女性になった灯里だけど、やっぱり瞳孔を開いて、息を荒げて怒るのだろうか……。あの日の制服姿の灯里の姿が脳裏に浮かぶ。考えると怖くなって、やはり本題に入るのに躊躇してしまう。
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