第45話 ストーキング

(こんなことよくないのはわかっているのよ……)


美衣子が茉那の後ろをつけながら、ほんのりと罪悪感を持ちながら歩いていた。後をつけると言っても数mの距離ではなく、数十メートル離れた場所から歩いているから、のんびりしている茉那なら気付かないはず。茉那はいつものように高めのヒールを履いているから、少しくらいなら遠くからでも音は聞こえるし。


無防備な茉那の後ろを歩いて行く。曲がり角を曲がった茉那から少し時間を置いてから同じ角を曲がったけど、一本道が続くから見失いにくそう。


カツカツとヒール音を鳴らして歩いて行く茉那と同じペースで距離をとりながら電柱や看板に隠れながら後をつけているうちに、美衣子はこの道がどこに続いているのかなんとなく予想がついてきた。


(ここって……)


案の定だ。茉那が入っていったカフェは、茉那と再会して2度目に入ったカフェ。透華という茉那の機嫌をよくしてくれた女性が経営しているアンティークな雰囲気のお店だ。


なんとか中を覗きたいと思って近づいてみるけれど、入り口の扉の上半分の小さな窓からほんの少し中の様子が見えるだけで、見通しはよくない。チラリと覗いても多分中の様子はしっかりと見えないし、こちらから全然見えないのに向こう側からだけ見えてしまったりしたら嫌だし。いろいろ考えて暫く美衣子は店の前の歩道で悩んでいた。


(でも、やっぱり灯里が本当にいるのかどうか確認しないといけないし……!)


美衣子はとりあえず、中から見えないようにほんの一瞬だけ店の扉の横を通行人のふりをして通り過ぎてみる。だけど、一回前を通り過ぎただけでは良く見えない。今度は何回かお店の前を行ったり来たりうろうろしてみた。傍からみたら完全に不審者である。


全然見えないから面倒になり、美衣子はもう立ち止まって窓に顔を近づけてお店の中を覗くことにした。ほんの数秒だけならジッと中を覗いてもばれないだろう。


だけど、美衣子は灯里の美衣子への嗅覚を侮っていた。


立ち止まって窓ガラス越しにお店の中を覗いた瞬間、席に座っている女性とすぐに目が合ってしまう。窓越しにこちらを見つめている、とても綺麗で凛々しい黒髪の女性。こちらを見て、目を大きく見開いて口元を両手で覆っている。


美衣子と仲が良かった頃のトレードマークであった、腰のあたりまで伸びた黒髪は今はバッサリ切ってショートカットになっていた。


けれど、その女性が灯里であることに気がつかないわけがなかった。灯里と美衣子の視線がバッチリ合ってしまっている。


灯里になんて会いたくない、本当はそう思うべきである。


惰性的に付き合っていた彼氏とはいえ、灯里は美衣子の彼氏を奪ったのだから。美衣子はあれで友達のことを信じられなくなったのだから。灯里にとんでもない裏切られ方をしたのだから……。


そんなことがあったのに、美衣子の中には灯里に会いたい感情も強く残っていた。あの日、本当に一緒に2人でいたかったのは、灯里なのか元カレなのか、そんなこと本当は考えるまでもなかったのだから……。


そんな考えが浮かんでしまい、美衣子は大きく深呼吸をしてから覚悟を決める。


それでも、灯里と何事もなかったかのように顔を合わすわけにはいかない。それは他でもない美衣子側の都合だ。きっと灯里はそのままドアを開けて、美衣子に会おうとしてくる。それを美衣子は良く知っている。


だから。


美衣子は灯里に背を向けて走って店から遠ざかる。今美衣子の逃げる場所は茉那の家しかない。でも、茉那と灯里が今まさに会っているのだとしたら、茉那の家に帰ることは正解なのだろうか?


わからない。


茉那の家に帰るのも怖い。茉那が灯里を連れてきてしまうかもしれない。今日灯里と会ったことにより、茉那が美衣子にいろいろと不都合なことを尋ねてくるかもしれない。


どこに向かえばいいのだろうか。それは美衣子にもわからなかった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る