第43話 あの子からのメッセージ①

寝覚めが悪かったせいで、朝起きてもまだ眠気が残っていた。美衣子はキッチンで一人大あくびをしながら、朝ごはんにサンドイッチとミネストローネとフルーツヨーグルトを作っていた。


茉那からは以前、「適当に食パン焼いて食べるからそんなにいっぱい作らなくてもいいんだよ……?」と言われたけれど、住み込みで働いている以上そういうわけにはいかない。それに、いつも喜んでくれる茉那に食事を作ることは楽しかった。


そうこうしている間に朝ごはんが完成したので、茉那を呼びに行く。


「茉那ぁ、ご飯できたから食べましょうよ」


ノックをしたけれど、中からは返事がしない。お仕事中だったら悪いと思いつつも、スープが冷めちゃったら可哀想だからと思い、美衣子は部屋に入った。


「茉那、ミネストローネ冷めちゃうけ、ど……」


部屋に入ると、茉那はパソコン画面の前で頭を机の上に置いて、少しだけ涎を漏らして居眠りをしてっしまっていた。


「毎日お疲れね……」


スースーと小さな寝息を立てている無防備な茉那を見て、美衣子が呟いた。


「起こしたら悪いし後で温め直すわね」


うたた寝をして風邪をひいてしまったら可哀想だから、美衣子がタオルケットを持ってこようと思い部屋からでようとしたときに、茉那のスマホが目に入った。机の上に力なく置かれた右手からスマホがこぼれ落ちている。


SNSアプリでメッセージのやり取りをしている画面が開きっぱなしなのが目についた。普段からスマホの画面が消えるまでの時間を長めに設定しているのか、それとも今寝落ちしたばかりなのかもしれない。


やり取りを見てしまうのは良くないから、さっさと部屋から出ようと思ったのに、やり取りをしている相手の名前が目に入ってしまったことで、美衣子はスマホ画面から目が離せなくなってしまった。


「なんで……」


美衣子の口から弱弱しい声が漏れた。人のスマホでのやり取りなんて絶対に見てはいけないとわかっているのに、それでも視線は画面のやり取りを追ってしまっていた。



茉那『明日の日曜日の11時なら時間空いてるから、そこで良い?』

灯里『いいわよ。場所はいつもの場所でいいわよね? 遅れないように気を付けるわ』

灯里『でも、お仕事は大丈夫なの?』

茉那『今日中に編集終わらせるから大丈夫だよ!』

茉那『(リスのキャラクターが右手を突き上げて「頑張る」と言っているスタンプ)』

灯里『無理しないようにしなさいよ』

茉那『大丈夫だよ! 灯里ちゃんのほうこそせっかくのお休みの日にごめんね』

灯里『気にしないで』



(どうして茉那と灯里が一緒に会う約束なんてしているのよ……!)


美衣子は大きく深呼吸をした。とにかくこの場から一刻も早く立ち去らないと。


(わたしはこの部屋には来ていないこと、そして何も見ていない事。いいわね?)


美衣子は荒れた息を必死に押さえつけながら、自分に言い聞かせる。


結局茉那にタオルケットもかけず、美衣子はこの部屋に立ち入った痕跡を残さないようにするために、ゆっくりと立ち去る。


ダイニングのキッチンテーブルの椅子に座っても、まだ美衣子の呼吸は荒れていた。


(あれは何だったのよ? あんなに仲が悪かった2人が一緒に会っているっていうわけ? しかもすごく仲良さそうなやり取りだったし。なんで???)


美衣子の頭の中がはてなマークでいっぱいになる。


(この数年間で灯里と茉那が仲良くなったってこと? わたしが灯里と絶交したあたりからかしら? ってことは茉那は灯里がわたしに何をしたのか知っているってこと? そのうえで昨日あんなことを聞いて来たの? どういう意図で?) 


「……ちゃん」


目の前で発されている声に美衣子はまったく気づかない。


(まだこの前再会した時にすぐに気づいてあげられなかったことを根に持っている? それとも灯里と共謀してわたしを陥れようとしてるとか? もしかして、そもそもこの間の再会自体が灯里と茉那で一緒になってわたしを陥れようとしていたんじゃ……)


「……美衣子ちゃん?」


現実に気持ちが戻ると、まだ少し眠たそうな茉那が心配そうに美衣子の顔を覗き込んでいた。


「え?」


座って考え事をしていた美衣子の目の前に突然飛び込んできた至近距離での茉那の顔。小さな目ヤニとか、涎の後とか、少しだけ開いた毛穴とか、動画で見る茉那からは信じられないくらい無防備なすっぴん姿が、鼻先が触れてしまいそうなくらい近くにある。美衣子の荒れた気持ちがほんの少しだけ落ち着いてくる。


どうやら、頭の中でいろいろな考えが浮かんでいたせいで、茉那が部屋に来ていたことにも気がつかなかったらしい。

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