第10話 嫌悪③
「嫌よ。どうしてわたしとあなたの間にあんな子を入れなければならないの? 美衣子はあんな子と出会ってしまったせいで、わたしのことが嫌いになったの?」
灯里がプイっと横を向いてしまった。鼻筋のよく通った横顔は相変わらず綺麗だな、と美衣子はこんなときに場違いなことを考えてしまう。
美衣子が会ったばかりの頃の、誰に対しても優しかった絵に描いたような優等生だったころの灯里よりも今のどこか陰を帯びている灯里の方が、美衣子は美しいと感じてしまう。
「灯里のこと嫌いなわけないじゃないの。今も昔もわたしは灯里のこと大好きよ」
「嘘ついたわね」
「嘘じゃないわよ。本当に灯里のことは大好きよ」
「出会ったばかりの頃に面と向かってわたしのこと嫌いって言ったくせに」
灯里がほんの一瞬だけ笑った。今日は一日中ピリピリしていたから、美衣子は少しホッとし、笑顔で返す。
「仕方ないでしょ。あのときの灯里は本心を喋っていないみたいで嫌だったんだから」
「それでも美衣子はわたしのことを助けてくれたわね。あのときの美衣子は本当にカッコよかったわ……」
表情を緩めていた灯里だったけど、また真面目な顔をして、前を見据えた。一緒に歩いている美衣子と視線は合わせていないけど、しっかりとした口調で灯里が言う。
「あのときから1年間、わたしたちはずっと2人で一緒に居たのに、どうして美衣子はあんな子と仲良くしようとしてるわけ?」
「どうしてって……」
きっかけは茉那に告白されたからだけど、告白されたことを広めるのは茉那に悪いから言わない方が良いだろうし、答えに悩んだ。
美衣子が悩んでいると、灯里が歩みを止めるから、それに合わせて美衣子を足を止めた。
灯里は立ち止まった美衣子の真正面へとゆっくり移動して、しっかりと視線を向かい合わせた。美衣子は背の高い灯里をほんの少しだけ見上げるような形になる。
「答えに悩んでいるみたいだけど、わたしには言えないような理由なのかしら? わたしと美衣子は大親友だって信じていたけど、それはわたしの思い違いだったってこと?」
「思い違いなんかじゃないわよ。わたしと灯里は仲良しよ」
「そうよね。なら教えてよ。美衣子とあいつに何があったのか」
静かな調子でつめてくる灯里に気圧されて、美衣子は半歩ほど後ろに下がりながら、事実をそのまま答えた。
「茉那がわたしのこと好きだって告白してきたのよ」
後ろめたさから視線は灯里から逸らし、近くのブロック塀を見ていた。それでもわかる灯里の殺気が美衣子は少し怖かった。
「はぁ?」
おそるおそる灯里の顔へと視線を戻すと、灯里が目を見開いて、本気で怒っているのがわかった。
「よりによって美衣子に告白したなんて! 信じられないわ!!」
はらわたの煮えている音がグツグツと聞こえてきそうなくらい灯里が怒っている。
「落ち着いてよ、灯里。きっと何かの間違いだったのよ、あの子はわたしと仲良くしたいという気持ちを、恋しているという気持ちと勘違いしただけなのよ。きっと本当はただ友達になりたかっただけで、恋愛感情なんて無かったと思うわ」
「恋愛だろうと、友情だろうと美衣子に近づこうとしたことは同じよ! ただただ不愉快で身の程知らずな子だわ!」
「不愉快で身の程しらずな子って……。ねえ、なんで灯里はそんなにも茉那のことを毛嫌いしているのよ。灯里ってほとんど関わったことの無いような子に嫌悪感をむき出しにするような嫌な人じゃないでしょ?」
美衣子が不安そうに灯里のことを見つめる。その表情を見た灯里は、一度ため息をついてから、落ち着いたトーンで話し出した。
「別に、わたしに喧嘩売らなければ何もしないし、何も言わないわ。そもそも積極的に関わろうとも思わないし……」
「喧嘩売らなければって言っても、茉那は灯里に何もしてないでしょ? そもそも基本あの子はわたしにしか話しかけてないんだから」
「わたしの美衣子にちょっかいかけてくるんだから、それはわたしに喧嘩を売ってるのと同義だわ」
「わたしの美衣子ってどういう意味よ。わたしは別に灯里のものではないけど? というより、誰かのものになった覚えはないし」
「そ、それはそうかもしれないけど……、でも……」
美衣子が首を傾げると、灯里が言葉に詰まって顔を赤くする。
「と、とにかく、わたしと美衣子の仲を邪魔するような子がいるなら、わたしは誰だって許さないってことよ! 今日はもうこれ以上美衣子と話したくないわ! わたし先に帰るから!」
灯里が早足で逃げるようにして美衣子から距離を取っていく。
「ちょっと灯里! 情緒不安定すぎるわよ!」
灯里が長い足をせかせかと動かして、どんどん遠くに行ってしまう。美衣子の声にも反応することなく、去ってしまった。
いずれにしても、あの調子では灯里と茉那が仲良くするのは難しいだろうから、茉那と仲良くしたいのならこっそりと会わなければならないかなと美衣子は思った。
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