第34話 新生活①

「広っ!?」


美衣子が茉那の家の玄関に足を踏み入れた瞬間、真っ先に思ったことが口から出てしまっていた。マンションの外観を見た時から、築年数の浅そうな綺麗で大きな建物だったから良いところに住んでいるのだとわかっていたけど、茉那の住む12階にある部屋を実際に見てみると、想像を超えていた。


茉那に案内されたアパートは4人家族で住んだとしても余裕が有りそうな3LDKの大きな部屋。一人暮らしだと思っていたけど、一人で使うには大きすぎる気がするし、たぶん彼氏と住んでいるのだろう。


「ねえ、茉那、わたしが住み込みで働いたら彼氏さん良い気しないんじゃない? いや、別に女同士で何かあったりはしないけど、わたしも茉那と彼氏さんのいちゃらぶ生活を邪魔しちゃうのは申し訳ないし……」


「やだなあ。美衣子ちゃん何言ってるの? わたし彼氏なんていないって」


あまりの部屋の広さと茉那の男に困っていなさそうなルックスから、勝手に彼氏がいるものと思っていたけどそうじゃないみたいだ。


茉那がほんの一瞬だけだけ表情を歪めた気がしたから、もしかしたら彼氏がいないことを気にしているのかもしれない。そう思って美衣子はフォローしておいた。


「茉那だったら可愛いし、彼氏なんてひっきりなしにできそうなもんなのに、きっと茉那の周りの男は見る目がないのよ」


美衣子は笑顔で伝えたけど、茉那は俯いて黙ってしまっていた。また気分を損ねさせてしまったのかもしれないと思い、美衣子が急いで別のフォローの言葉を探していると、茉那がふんわりと巻いてある髪の毛をくるくると人差し指に巻きつけながら少し早口で答えた。


「も、もてたりなんてしないよ……。わたしは彼氏なんていらないし、一人でいるの普通に楽しいから」


「そう……。それならいいんだけど」


彼氏の話をしようとすると茉那の表情が曇ってしまうから、もうこれ以上深追いはしないでおこうと思い、慌てて話題を変えようと思い、部屋を見渡した。


「こんなところに一人で住んでたら広すぎて掃除とか大変だったんじゃないの?」


美衣子が尋ねると、茉那が苦笑いをする。


「あんまり家のことに手が回ってなかったから、結構埃溜まっている部屋とかもあるし、一人だと正直管理とか大変なんだよね。でも、家で撮影したり、メイク道具とか服とかもおかないといけないからどうしても広い場所が必要で」


メイク動画とか服とかの置く場所を考慮しても広すぎる気はする。部屋においてあるものもなんだか高そうだ。テレビは美衣子の部屋のものの3倍くらいありそうだし、ベッドだって一人で寝るには少し大きすぎるようなものを使っている。多分メイク道具だって高いやつなんだと思う。プチプラで時の止まってしまった美衣子には理解できない世界だ。


そんなことを美衣子が考えていると、茉那が楽しそうに口を開いた。


「でもね、今日からは美衣子ちゃんが一緒に住んでくれるから、広い部屋でも寂しくないよ」


茉那に笑顔を向けられて、美衣子も悪い気はしなかった。


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