第2話 あなたは誰?①
「美衣子ちゃん、だよね?」
街でいきなり声をかけられて、美衣子は丸めていた背筋を慌てて伸ばした。大きな伊達メガネとマスクでスッピンを誤魔化しながらジャージで歩いているこの状況で知っている人と出会いたくなかった。
そもそも、万が一誰か知り合いに会っても大丈夫なように厳重に変装していたのに、なぜわかったのだろうか。美衣子のことを"美衣子ちゃん"と呼ぶ人物で、しかも今の、昔と全然違う見た目の美衣子をを鵜坂美衣子だと知っている人間がこの世界にいるはずがない。
なのになぜわかったのだろうかと疑問に思う。無理やり理由を作るとすれば、バイト先のほとんど話したことの無い子が遊び半分で美衣子のことを今まで呼んだことのない"美衣子ちゃん"という呼び方で呼んだという可能性。だけど、半年もせずにやめてまう職場には冗談を言ってくれる程親しくなっている人はいないからその線は薄そう。
考えれば考えるほど訳がわからなくなるから、美衣子は自分の目でそれが誰か確認しようと思った。後ろを振り向いて名前を呼んだ人物を見れば嫌でも正体はわかる。そう思ったのに……。
「え? 誰……?」
美衣子はしっかりと自身の名前を呼んだ人物を確認した。だけど、そこには見覚えのない人物が立っていた。
とても綺麗な人。ぱっちりと大きな目をしていて、スッとした綺麗な鼻に、真っ赤に引かれたルージュが印象的な、垢抜けた人。高いヒールを履いているせいもあって、大人の女性という印象を受けた。読者モデルとか、インフルエンサーとか、そういった類の人かもしれない。
だけど、美衣子にその手の知り合いはいない。というより、そもそも大学の2回生以降知り合いと呼べるような知り合いがいない。
「わたしのことわからないの……?」
女性は驚いたように大きな目を見開いて、美衣子の瞳をしっかりと見ていた。
「ごめん、まったくわからないわ」
「そっか……。まあ、いっか。せっかく久しぶりに会ったんだし、カフェでも入ろうよ」
さっきまでショックを受けたような顔をしていたのに、一転して元気に美衣子の手を引っ張ってくる。大人びた印象と無邪気な性格がアンバランスだ。
だけど、その無邪気な性格のおかげでじわじわと心当たりは思い浮かんできていた。ただし、見た目は美衣子の心当たりの人物とはまったく違うけど。
美衣子の高校時代の、ほんの一時期だけだけど、とても仲良くしていた子。突然美衣子の元から事情もまともに説明せずに去っていったあの子……。
でも、あの子はそんなにも積極的なはずはない。それに、今の美衣子よりも圧倒的にイケてる子があの子だなんて信じたくない気持ちはとても大きい。
自分の心当たりを振り払うみたいに、引っ張ってきている女性の手を、必要以上に強い力をこめて振り払った。
「待ってよ、わたしは久しぶりの再会感ないんだけど! ……あなたのことなんて誰だかわからないんだから!」
そう、わたしはこんな人知らない。こんな垢抜けた、誰から見ても綺麗だと判断してもらえるような人が、あの子のわけがない。
美衣子は心の中で心当たりを必死に否定した。
わたしの知っている、わたしが大好きだったあの子はもっと地味だけど可愛げのある小動物みたいに可愛らしい子。
まるで美衣子に懐いて、餌をもらうのを待っているような、大人しくて、心の全てを美衣子に預けてくれているような子なのだから。
そう、茉那はこんな人じゃない!
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