それでもあなたが好きみたい

西園寺 亜裕太

第1部

第1部 プロローグ

第1話 だらけきった毎日

バイトが休みの日はいつもスマホを触っているうちに一日が終わってしまう気がする。鵜坂美衣子は今日もスマホゲームで推しを当てるためにガチャを回していた。


「ああ、もう! またリオン様が当たらなかったわ! リオン様だけ確率0.0000001%くらいになってるんじゃないの?!」


ベッドの上にスマホを放り投げかけた手を止めてから、代わりに左手で自分の頬を二度ほど叩いて、もう一度気合を入れ直す。


黒髪で鋭い目つきをした背の高いイケメンのリオン様は美衣子の推しだ。運動神経抜群で知的なところがすごく美衣子の心を刺激する。ほんの一瞬だけ、まるで灯里あかりみたいだなと思ってしまった自分に腹が立ってしまい、一旦深呼吸をする。リオン様と灯里なんかを一緒にしてはいけない。


今回のイベントでは、いつも以上にクオリティ高く描かれているから、なんとしてでも手に入れたいと思い、必死にガチャのボタンをタップしていく。


推しのイベントになるとガチャだけでなく、周回もしなければならない為、ほとんどご飯も食べずにスマホと向きあうから、美衣子は不自然に痩せる。ゲッソリと不健康な痩せ方をするけど、美衣子本人はとくに気にはしていなかった。今は推しがいれば良い。


程よい肉ツキと清潔感のあった高校時代の面影はなく、別人のように変わってしまっていた。今の美衣子を見ても、きっと茉那まなは好きになんてなってくれないだろう。


"わたし、美衣子ちゃんにずっと憧れてたんだ…… "


高校時代、美衣子の目の前で顔を真っ赤にして伝えてくれた茉那の姿が浮かんだ。大きなメガネをかけていて、地味な顔立ちをしていたけど、小動物みたいで可愛らしかったあの子には今の状態ではとてもじゃないけど会えない。


「ま、そんなことはどうでも良いけど」


そもそも今の美衣子を見ても、昔の可愛らしく、ふんわりとした雰囲気の鵜坂美衣子であると紐づけることもできないだろうし、もし街で会ったってわかるはずなんてない。


「とりあえず、もう1万円溶かすしかないわね」


美衣子は立ち上がり、コンビニへと課金用のカードを買いに向かった。化粧は当然しないし、服装はグレーのジャージ。乱れたままの髪型で、高校時代の自分に見せたら泣かれそうな格好で外に出る。


大学時代にまともに就職活動をする気にもならず、卒業してからは実家で暮らしながらフリーターとしてコンビニやスーパー、ドラッグストアを転々としていた。


あの事件以降3年くらい彼氏もできていないし、半年以上同じ職場に居続けたこともなく、将来への不安がないと言えば嘘になるけれど、まだ20代半ばだしと焦る気持ちはそんなにない。


とりあえず生活できたらいいか、と思って日々過ごしているけれど、生活費のほとんどを課金に使っていて、バイトの無い日は昼夜逆転の生活をして食事も食べたり食べなかったりの美衣子が、まともな生活をしていると言っていいのかは怪しい。


(この1万円を使ったら手元にいくら残るっけ? 多分5000円も残らない気がする……)


毎月お金を3万円入れる約束で衣食住の保証はしてもらっているけれど、このままでは払えなくなってしまう。払えなくなったところで、実家から一人娘に無一文で出て行けとまでは言われないだろうけど、そろそろ本格的にお説教をされそうだ。スマホを取り上げるとか言われかねないし、そうなったら美衣子にとって死活問題である。


それでも、美衣子は推しを出すためにお金を使ってしまう。


(何もかも灯里のせいよ……)


そう強く思うけど、いまだにそう思っている時点で、悔しいけれどわたしはまだ灯里に囚われているのだろう、と美衣子は思ってしまう。


そんな思い出したくないあの子のことを考えながらラフな格好でコンビニに向かって歩き続ける。


「え、美衣子ちゃん、だよね……?」


つまらない考え事をしていると突然後ろから声をかけられて、美衣子は慌てて声の方を降り返った。


(今のわたしを呼ぶなんて、いったい誰なのよ……??)

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