第23話 平凡後輩の話②
「海吏、昨日の最後の高松戦の時のドロップボレーすごいよかったよ」
俺は今、隼先輩と2人で食事に来ている。
昨日は練習試合で、今日は部活がオフの日だ。
貴重なオフを使って俺と会ってくれるのなんて、隼先輩くらいだろう。
「ありがとうございます!少しずつできる技が増えてきて、前よりは部活も楽しくなりました」
「おお!それはよかった!海吏が楽しそうにしてくれてるのが俺はすごい嬉しいよ」
「でも俺、隼先輩がいなければ絶対辞めてましたよー…無理なんすよあの空間…」
俺は隼先輩と会うと、だいたい何かを愚痴ったり悩みごとを相談したりしている。
今回も、こうして二人きりで会うのは2ヶ月ぶりなこともあり、俺の口からは自然と日頃抱えている不満や不安がどんどん出てくる。
「同輩たちといるときはいいけど、先輩やコーチたちがいる時のコートとか……立ってるだけで心臓がギュッと掴まれてる感じがするんですよね。…プレッシャーが半端ないです」
「そっか…そんな風に感じてたんだ。そこまで思い詰めてるとは思わなくて…気づかなくてごめん…」
「いや!隼先輩はいいんすよ!隼先輩と話してるときだけなんです…ノープレッシャーで心を落ち着かせられるのは」
これは入部直後から思っていたことで、俺は基本的に何をしても怒られるから、学校でも部活でも、常にリラックスできない。
だけど隼先輩といる時だけは、心も頭もリラックスできる。
「嬉しいな、海吏にそう言ってもらえるのは。ありがと」
目の前で優しく微笑む隼先輩を見て、俺の心はまた癒える。
この人の口癖は「ありがとう」だ。
誰に対しても感謝を忘れなくて、常に人のいいところを見つけられる。
そしてこんな俺にもありがとうの言葉をくれるし、たくさん褒めてくれる。
「隼先輩がいなくなっちゃったら、俺どうしよう……」
俺は本来、誰かに感謝されたり褒められたりすることのない人生を歩むべき人間だ。
それなのに2年間も隼先輩からそういう接し方をされると、つい隼先輩に甘えてしまう。
だけど、先輩が高校に入るまであと数カ月……
「いなくなることなんてないよ!中学の部活は引退しても、敷地は高等部と一緒だし、定期的に会いに行くよ?」
隼先輩は俺を安心させるように、そんなことを言ってくれる。
「ほんとに来てくださいね??来なかったら俺、もう………泣きますw」
「そんなことで泣いちゃだめw俺だって海吏に毎日会えなくなって泣くくらい寂しいのを我慢して高校生活を送るんだよ?」
「ほんとですかwそんなこと思ってくれてます?」
「ほんとほんと。だからお互い頑張って我慢しような?」
隼先輩の言葉は、魔法みたいだ。
フッと心が軽くなり、ついこちらまで嬉しさが溢れてて優しい気持ちになる。
「あーー……隼先輩みたいな先輩とか先生が沢山いればなあ……」
「ええ、学校中が俺みたいな人だらけになるの?……絶対崩壊するよ」
「しませんて!むしろすごい平和になりそう。皆優しい気持ちになって、誰も傷つかない学校になりそうですよね」
「そんなことあるかなあ…それはそれで悩みを抱える人もいると思うけどなあ…」
「そうですかね?」
「うん…環境が変わっても結局みんな、それぞれ悩むし大変な思いはすると思う」
確かに…と俺は心で頷いた。
隼先輩みたいな完璧なイケメンでも、それはそれで悩みがあるんだろう。
修学旅行でストーカーに遭うとか、隼先輩じゃなければ抱えることのない悩みだ。
だからこそ、周りから理解や共感を得られない辛さというのもあるんだと思う。
「ま、でも海吏が悩んだりしたら俺はすぐに駆け付けて何でも聞くよ。……俺にも海吏の気持ちは、よく分かるからさ」
柔らかい眼差しで包み込むように俺を見て隼先輩が言った。
「隼先輩に、俺の気持ちが分かるんですか……?」
言ってからすぐに、言い方が少し失礼だったかもしれないと思って焦った。
だけど実際、何でも持ってる隼先輩が俺みたいな平凡野郎の気持ちなんて、分かるのだろうか……?
「そうだね。分かった気になってるだけかもしれないけど………さっき海吏が言ってた、心臓を掴まれるような感覚とか…常に感じるプレッシャーとかは、俺にもわかるよ」
隼先輩は俺の心配とは裏腹に、俺の失礼な言い方にも一つも嫌な顔をせずに共感してくれた。
「そうなんですね……少し意外です」
「最近は無いけどね。……小学生の頃、学校で色々あってさ。…あの時はほんとに、毎日がプレッシャーとの戦いだった。息苦しくて体も頭も休まらなくて、ずっと憂鬱だったよ」
はっきりと整った顔に暗い影を落として、隼先輩は辛そうな過去を思い出しながら言った。
普段は優しくて穏やかな隼先輩が、闇を見せるのは初めてだった。
隼先輩の意外な一面に若干驚きながらも、まさに今俺が感じている苦しさをそのまんま分かってくれてることに俺は救われるような気持ちになった。
「隼先輩にも、そんなことがあったんですね……分かってもらえてすごく嬉しいです」
一番優しくしてくれてた隼先輩の初めて聞く辛い過去に、俺は何故か今まで以上の喜びを感じていた。
隼先輩はずっと、優しさと面倒みの良さと心の余裕があるから俺なんかに気をかけてくれてるんだと思ってた。
だけどこの人は、実は俺と似た思いをして辛さを抜け出した経験があるからこそ、俺を放っておけなかったのかもしれない。
それに気づくと、隼先輩といる時に感じる心地よさは、今までみたいな上から包み込まれるような安心感ではなく、同じ所に立って同じ目線で互いを抱き合ってるかのような安堵感に変わっていた。
「海吏はさ、もっと自分に自信を持ってもいいと思う。怒られたり試合で負けたりして辛い思いをしながらもここまで2年間頑張ってきたんだからさ。……それに、俺以外の前では絶対に弱音を吐かないよね。いくら理不尽に怒られても、それに堪えて泣いたりせずに明るくできるのは…すごく難しいことだと思う。プレッシャーに堪えながらもこんなに頑張れるのは、海吏だからこそできることなんだよ」
優しく言葉を紡ぐ隼先輩は、真っ直ぐ俺の心に響いた。
それはまるで雷のような衝撃として突き刺さる。
「俺、そんなにすごくないですよ……」
「すごいよ!海吏の気持ちの強さは、誰にも負けないと思う」
「そんなこと…思ってるのは隼先輩だけですよ」
「…じゃあ俺は、みんなが知らない海吏のいいところを知ってるってことだね。嬉しいなあ」
どうしてこの人は、こんなにも俺が欲しい言葉をくれるのだろう。
ほんとは大したことない人間なのに、隼先輩といると、自分もちゃんとした人間として生きてるんだということを実感できる。
「隼先輩……ほんとにありがとうございます」
こんなに優しくて強い人に、俺もなりたいと思った。
ずっと雲の上の存在だと思ってたけど、俺と似たような経験があると分かってから、余計に隼先輩に憧れる気持ちが湧いてきた。
「どういたしまして!…海吏のいいところが、みんなにも伝わったら俺はもっと嬉しいな」
そう言って曇りのない瞳を細める隼先輩は、俺の中では一生の目標になったのだった。
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