第22話 平凡後輩の話①

「隼先輩、修学旅行先でもストーカーに遭ったらしいよ」


「マジ?それはやばい」


「ずっとストーカーされてるって噂あったもんな。……てか常に誰かしらに追われてね?」


「まー隼先輩だからな。仕方ないっしょ」




12月のある平日。


俺たち男子ソフトテニス部は、練習後に部室でそんな話をしていた。



「なあ?海吏(かいり)もそう思わねえ?」


「ん?……ああ、そうだね。やばいね」



突然話を振られた俺は、咄嗟にそう返す。


「って海吏さー、お前話聞いてたのかよ?」


「聞いてたよ!隼先輩の話だろ?」


「そうそう。あれだけのイケメンって羨ましいとは思うけど……人生大変なこともいっぱいあるんだろうなあ」



そいつの言葉に周りの同輩たちも頷く。



「ま、梨々先輩と付き合えてるって時点でそんな苦労も全部チャラだろーけどなーー」



他の部員がそう言い、そこから話の中心は梨々先輩へと移った。




俺は、一応このテニスの名門校である旭堂中学校の男子ソフトテニス部員で、藤井海吏という。


「一応」とつけたのは、同じ2年生だけでも40人前後いる部員の中で、俺はほぼ最下位の実力だからだ。



俺らの代も強いが、一個上の先輩たちは伝説的に色々と最強だ。


キャプテンの隼先輩に、副キャプテンの優先輩。


それに2番手コンビの瑠千亜先輩と五郎先輩もかなり強い。



その四人はいつも一緒にいて、テニスが強い上に全員成績もトップクラス、おまけに顔面偏差も高い。


4人で並んでると、まるでアイドルグループを見ているようだ。




しかも、その中でも一番人気な隼先輩には、とても可愛くてテニスも強くて性格も優しい梨々先輩という彼女がいる。


一個上の女子部員は梨々先輩以外の人たちも、実力・成績・見た目共に史上最強だと言われている。


つまり、うちの学校のうちの部は、単にテニスの実力が全国トップクラスなだけでなく、ハイスペックな集団の集まりなのだ。



そんな中で、実力も成績も見た目も普通の俺は、常に居心地の悪さを感じていた。


俺と同学年の2年生や後輩たちは普通に話してくれるけど……




「海吏、お前また今日優先輩に怒られてなかった?」


「またかよww今日はなにやらかしたんw」


「いや、コート整備のときちょっとラインの上の砂が残ってただけだぞ?それなのにめっちゃキレられたわ」


「やっぱり海吏には先輩たち厳しいなあ」


「まーその分俺らの優しさが光るじゃん?w」


「なんだそれ。わけわかんねーw」




そう言って笑ってくれる同輩たちが救いだ。



俺は、入部当初から例のハイスペ集団の先輩たちに目を付けられ、毎日のように怒られている。



まあ…学校でも常に先生に怒られてるから、怒られ慣れてはいる。



それに、ただでさえここは神に2物も3物も与えられた人たちの集まりだ。


俺みたいな平凡な奴がいたら、悪目立ちするのは当然だ。




「てかさ、海吏は何でそんなに目付けられてるんだっけ?最近は割と真面目に部活してんじゃん」


「さー?真面目にやってるくせにいつまで経っても下手だからじゃね?」


「いや自虐的すぎw俺はお前かなり上手くなったと思うけどな」


「それな?てかこの学校じゃなければ普通にエースクラスだろ」


「それはないわw俺でエースならお前らどうなるんだよ」


「え?そりゃもう神でしょ」


「うわ調子乗りすぎwやってんなこいつww」



俺はまたこうして同輩たちの笑い声に包まれ、今日怒られたことを忘れようとする。



こいつらがいなかったら、俺はとっくの昔に部活を辞めているだろう。



小学生の頃まではそこそこ強かった俺は、中学でこの部に入り、自分がいかに思い上がっていたのかをすぐに知ることになる。


俺は元々、努力とか何かにコツコツ取り組むことが苦手だ。


できないとわかると、すぐに諦めてしまう。


だから部に入ってすぐ、自分の実力の限界を感じてヤル気を失った。


しかしそれは顧問やコーチはもちろん、先輩方にも伝わっていたらしく、俺はすぐにみんなからの叱られ役に収まったのだ。



しかも質の悪いことに、俺はそんな風に無気力かつ無能力なくせに、妙に気持ちが小さいところがある。


だから毎日毎日、今日は誰に何で怒られるかを気にしながら生活している。


大会や大事な遠征が近づくと、特に部全体がピリピリして、それが大きな圧力となり、いつも以上にプレッシャーがかかるのだ。



それでも俺が何だかんだ部活を辞めていないのは……






(あ、隼先輩から連絡きてる!)



「ごめん、ちょっと出るわ」


「なに?電話?」


「うん。」


「おっ?海吏、ついに彼女か?女か!?」


「なわけねーだろw」



部員たちにそう言い残して俺はすぐに部室から出て電話をかける。




俺がこの部を続ける唯一の理由、それは……




隼先輩がいるからなのだ。

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