第21話 また別の彼女の話②

「………優香さん……っ…どうしてここに……」



目の前に現れた隼くんは、何故か私を見て驚いていた。


「もう、探したんだから。いきなりいなくなってどうしたの?」



ちょっと怒ったように言いながらも、隼くんの顔を見たらさっきまでの心配と不安はどこかに吹き飛んだ。


「ほら!今の飛行機は逃しちゃったんだから、早く次の予約しないと!」



そう言って固まってる隼くんに腕を組もうとしたとき……



「……!っ触らないでくださいっ!」



隼くんはバッと私の手を振り払って、怯えたようにそう言った。



「……なに言ってんの……?」


「どうしてここにいるんですか?何で今日僕がここにいるって分かったんですか…?」


「どうしたの?隼くん。何でって私たち…」


「もうお願いだからこんなことやめてください…!」



心から怯えたように懇願する隼くんに、私はただ驚くしかなかった。



「隼くん?もしかして私がトイレに行ってる間に何かあったの?」


「もう僕行きますから…!二度とこんなことしないでください、お願いします」


「え?ちょっと!待ってよ隼くん!」



私に背を向けて歩きだそうとする隼くんの腕を咄嗟に掴んだ。


その時の勢いで、隼くんが手に持っていた小さな冊子が床に落ちた。



「……次こういうことがあったら…通報するって約束しましたよね…?だからこんなことして欲しくなかったのに……」


「………は?」


「優香さんなら分かってくれると思ってました。でも……」


「何言ってるの?隼くん!通報って何?意味分かんない。今更あの日エッチしたことを罪に問わせるつもりなの?」



突然の隼くんの変わりように、私は思わず取り乱してしまった。


少し大きな声になっていたことに気づいた頃には遅かった。


周りの通行人が私の発言に耳を疑うような表情をしていた。



目の前の隼くんは、はぁーと深いため息をついて頭を抱えている。



エッチのことが、バレたとしても今更よ。


このまま海外に行ってしまえばしばらくはなんとかなる……




そう考えていたとき、


「隼!大丈夫か!?」



隼くんの後ろからそう叫ぶ男の人の声が聞こえた。



「優!」


「隼、無事か?何もされてないか?」



隼くんが「優」と呼んだ相手は隼くんと同じくらいの年齢に見え、隼くんをとても心配そうに見ていた。


さっき隼くんが落とした冊子みたいなものを拾い、隼くんのリュックの中に入れてあげている。



「おい。悪いけどあんた、もう終わりだよ」


その子は私に向かって突然そう言った。


「な…なによあなた。誰?終わりって何?」


「正気かよ……だめだ。もう通報する」


そう言ってその子はスマホを取り出し、止める暇もないうちに電話をかけていた。



「ちょっと!私が何をしたっていうの!?いきなり通報とか意味分かんないんだけど!」


彼が連絡してる間、私は隼くんに向かって詰めかけた。


だけどそのたびに、もう一人の男の子は隼くんの前に出てきて私の邪魔をする。



「いい加減にしろよ赤松優香。散々隼のストーカーして付き纏って、挙句隼との子供を授かったとか吹聴してただろ。これだけやらかしてて自覚ないとか本当に狂ってるな」



電話を終えた優くんという子が私に向かってそう言った。



「………は?……ストーカー……?」


「そうだろ。毎日のように隼の登下校の時間に付き纏ってきて、大会や練習試合の度に会場に来て。それでも最近までは遠くから見てるだけで実害がなかったからストーカーの証拠もないし何もできなかった。だがここ最近は隼とセックスしただの子供ができただの、散々嘘を周りに言いふらして隼にネットストーカーしてただろう。何度ブロックしてもアカウント変えてSNSフォローして変なDM送ってきてたよな?」


「はぁ!!?何言ってんのよ!全く意味分かんないんだけど!」


「分からないなら警察のあと病院にでも行けばいい。とりあえずここから逃げるなよ」




優くんの言葉の、どれ一つとして私は意味が分からなかった。



逃げるなとか言うけど、そもそも逃げる必要なんてないじゃない。


それよりも、こんな悪質なドッキリみたいなこと…なんのつもりで仕掛けてきてるのか、隼くんとちゃんと話がしたかった。




「ねえ隼くん。ちゃんと説明して?いきなりこんなことしてどうしたいの?」


「隼に触るな話しかけるな。警察が来るまでは俺を通して話せ」


「なに?邪魔しないで。ね、隼くん。あのさ」

「話すなと言ってるだろう」



私が隼くんに声をかけようとすると、すかさず優くんが邪魔をする。


「隼と距離を取れ。……隼、先生たちの居場所わかるか?そこに行って事情説明しててくれないか。ここにいたら危険だ」


「わかった。優、ありがとね」


「ああ。気をつけろよ」


「ちょっと!何言ってんのよさっきから!」



優くんと隼くんのやり取りも私にとっては意味不明。


謎すぎる展開に私の頭は追いつかず、つい声を荒げてしまった。



「今日は俺らの修学旅行の日だ。……空港で自由行動の時にあんなアナウンスされたら、そりゃあ隼だって先生に呼ばれてるのかと思って案内口に来てしまうか…」


「は?修学旅行?」


「さっき隼がしおりを落としていただろう。あれを見ても気づかなかったのか?…マジで精神崩壊してんのな」



そういえば、さっき隼くんは何かを落としてそれを優くんが拾ってた。


だけどそれを見る余裕なんて、私にあるわけない……



「ていうか、あいつが今日ここに来るのも探ってたんだろ?なのに修学旅行だと思ってないってすごいな。妄想と現実が混ざってるということか」


「ちょっと…さっきから何よ!私を狂人扱いして」


「狂人だろどう考えても」



優くんがずっと言ってることの意味もわからないし、根拠もなく私を貶めているようで無性に腹が立つ。



「優くん、あなた隼くんが好きなんだよね?なのに相手にされなくて…というか、男だから結ばれなくて、それで私に嫉妬してるんでしょ?残念ね!」


「俺があいつを好きなことまで把握してるのか。ストーカーって怖いな」


「ストーカーじゃないわよ!!隼くんの子供がここにいるんだよ?」


「お前の妄想の中でな。そもそも隼はあの日、あんたとセックスなんてしてないぞ」



優くんの言ってることが、本当に分からなかった。


セックスしてない? 私の妄想?そんなわけは…



「………あの事件以降、隼には周りを警戒するよう言っている。万一のことがあったときの為に、常にボイスレコーダーを持ち歩かせているんだ。」


「ボイスレコーダー……?なんでよ」


「お前みたいなのがいるからだよ。特に大人と話すときは警戒しておけって言ってたんだ。だからあんたがあの日、隼の部屋を訪ねに来た時の音声は残ってる」


「会話を聞いたっていうの!?それこそストーカーみたい」


「どの口が言うんだ。……とにかくあの証拠を聞けば、あんたと隼は佐伯先生の事件の話をしてすぐに解散してるということが分かる。あんたが部屋から出ていった直後に俺は隼の部屋を訪ねているから、隼が意図的にあんたとシてるシーンをカットするなどして記録を捏造したということもあり得ない。あんたが勝手に記憶を捏造しただけだ。」


「捏造って……何馬鹿なこと言ってるのよ!」



私は悔しくて仕方なかった。


いきなり出てきた隼くんの親友にわけのわからない言いがかりをつけられて、あの日の私たちがなかったことにされたのが。



あの日、隼くんと私は確かに繋がった。


隼くんは初めてのエッチでとても恥ずかしがっていたけど、私に触れてだんだんと本能のまま動いてくれた。


最後の方、少し申し訳なさそうにしてたことだって覚えてる。


それに……



「私にはこの子がいるのよ!?春馬とああなってから、隼くん以外としてないのに!この子ができるわけがないじゃない!!」



そう言って私は自分のお腹をさすった。

私の中にいるこの子が、何よりもの証拠よ。



「あなたみたいなポッと出の自称親友には騙されない!」



お腹の子の動きを確かめる。



「隼くんのことを私に奪われたからってこんなわけわかんない言いがかりつけないでよ!」



私が怒っているせいかな?いつもより動きが鈍い…




「ここにいるのよ!!二人が繋がった証が!」



私の感情とは裏腹に、お腹の子は無言を貫く。



「ほら!動いて!いつも私の声に答えてくれてたじゃない!!いつもみたいに動いてよ!!」



寝ているのか反抗してるのかわからないが、頑なに動かない自分のお腹につい手が強く当たる。



「動いて……!動きなさいよっっ!!あんたは、私と隼くんの子でしょぉぉおお!?!!!!」



こんな時に限って何も言わないのがムカつく。


何度擦っても叩いてもビクともしない。


両手を組んで、その手を思い切りお腹に何度もぶつける。



どうして動かないの?


どうして隼くんはここにいないの?



どうして…………




「赤松さん。落ち着いて下さい。」



どうして……?




「まずは向こうで話を聞きます。ちゃんと歩けますか?」




私はもう、誰か分からない人に声をかけられて腕を支えられて歩いている。



優くんが心から私を蔑み憐れむような顔をして私を見ている。









どうして、お腹には誰もいないの………

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