第24話 平凡後輩の話③
隼先輩とあの話をしてからしばらく、俺は自分で自分のいいところを探すようになった。
もちろん、14年間モブの人生を歩んできた男に、すぐにいいところなんて見つからない。
けど、ほんと少しでもいいから自分で自分を褒めることを習慣づけた。
それだけじゃなくて周りの人にも目を向けるようにして、みんなのいいところや憧れるところを見つけて、素直に伝えるようにも努めた。
前までなら面倒くさがってた練習後の自主練にも参加し、ついみんなに任せていた雑用なども積極的にやるようにした。
俺はただ、隼先輩みたいになりたかったから。
少しでも近づくために、できることは何でもした。
「海吏、最近お前調子いいじゃん!」
「それ思ってた。自主練にも来るようになったし」
「前は俺らのこと褒めてくれたりしなかったのになwなんかすげー丸くなった?」
「最近はずっと明るくなったし元気だよな。先輩に怒られることも減ったんじゃね?」
こんな感じで、同じ年の2年生の部員たちからは、「海吏は良い方向に変わった」と言ってもらえることも増えてきた。
「ありがと!前までの俺が異常に無気力だっただけで、やっとお前らと同じ土俵に立てただけだよ!全然まだまだだw」
そんなことを言い照れ隠ししながらも、本音はとても嬉しかった。
「おい海吏、最近見違える程真面目になったではないか。心を入れ替えたのか?素晴らしいではないか。それでこそ本物の男だ」
普段あまり威圧的ではないしそこまで荒げたりはしないけど、たまに雷を落とすと怖い五郎先輩にそう言ってもらえた。
「なんだぁー?俺らのきょーいくがやっと届いたかっ!!遅えよ海吏〜〜w時差半端ねえな!」
先輩方といるときはいじられ役だけど、俺たち後輩の前ではすぐキレて叫んでることの多かった瑠千亜先輩も初めて優しく絡んでくれた。
「海吏、継続が大事だぞ。お前の今のそのモチベーション、ちゃんと維持できる明確な目標はあるのか?続かなければ逆戻りだぞ。」
正直一番厳しくて一番怖がられている優先輩まで、論理的なアドバイスをくれた。
俺は隼先輩のお陰で変われたんだ。
隼先輩だけでなく、周りのみんなもそれをわかってくれている。
ちょっとでも、隼先輩に近づけただろうか…
少なくとも、隼先輩とあの話をする前に比べたら、近づいたんじゃないだろうか。
そう思えることが、俺にとっては何よりもの継続のモチベーションだった。
ある日の部活終わり。
俺は一度部室から出たが、すぐに自転車の鍵を忘れたことに気づき、まだ何人か中に残っている部室へと引き返した。
「……でさあ……海吏、なんか最近ウザくね?」
ドアノブに手をかけて中に入ろうとしたまさにその時、中から同じ学年のやつがそう言っているのが聞こえた。
「わかるわー。急にヤル気出しちゃってな」
「ぶっちゃけ今更じゃね?媚び売ろうとしてんのがバレバレだっつーの」
聞き慣れた部員の声が、俺の耳に歪んで届く。
「てか、俺らと同じ土俵に立てたとか言ってたけど、勘違いしすぎだろwww天とマントルくらいの差があるんだけど?www」
「自主練したところで俺らよりうまくなんてなれねーし、人に優しくしたところで都合よく扱われて終わりだろww」
「それな?そもそも見た目も普通だし。隼先輩を意識してんのかわかんねーけど、隼先輩がやるのとあいつがやるのじゃ全然違うよなww」
俺は中から聞こえる会話に、思わず体を動かせなかった。
これは、夢か……?
俺の幻聴なのか……?
あんなに褒めてくれてたチームメイトたちが、本当はそんなことを思っていたなんて…
俺はショックのあまり、その場から動けなかった。
「あーあ。せっかく俺らの身代わりになる怒られ役として重宝してたのになあ。あんなにやる気出されちゃ先輩たちも先生も最近は全く怒ってねーもんな」
「ガチで期待してんじゃね?あいつが変わることに。ったく、先輩たちもああ見えてみんなお人好しすぎんだっつーの」
「お人好しってか、バカじゃん?俺らにも海吏にも騙されすぎだろw」
「そりゃあまあ、あのスペックで今まで散々いい思いして生きてきた人たちだろ?人の裏の顔とか悪意になんて触れたこともねーからわかんねんだろーな」
思わず耳を覆いたくなるような罵詈雑言。
俺だけでなく、先輩たちにもそれは飛び火している。
体が動かなかった俺は、異常な動悸と唇の震えを感じた。
うまく息が吸えなくて、頭の中がグチャグチャになる。
……あれ、俺は今まで、何をして来たんだっけ…?
今自分が何をして、なんのためにここに立っているのかすら分からなくなってきた。
完全に頭が混乱して体もわけが分からなく震えてる。
足も動かないし、息も吸えないかも……
段々薄れていく視界と遠のく意識の中、耳元で大きな音が響いた。
ガチャっッ!!!
音の方を見ると、思い切り開放された部室のドアの奥に、今しがた帰ろうと荷物を持って立っている部員たちが、ドアの前で座り込んでいた俺を驚いた目で見下していた。
「……海吏……何してんの?」
中にいた一人が、驚きのあまり消え入りそうな声で聞いてくる。
「……忘れ物したから取りに来た。」
ドアが開いたことでハッキリとした意識を取り戻した俺は、そう答えて部室の中に入った。
他の部員たちは、気まずそうに互いの顔を見合わせていた。
「……俺のことはなんと言ってもいいけどさ」
微妙な沈黙を破る俺の言葉が大きく響いた。
「先輩たちのことは悪く言うなよな。確かにみんな苦労してないように見えるかもしれないけど……それぞれ悩んでることだってあるんだぞ。同じ中学生なんだから。」
俺は、さっき先輩たちを罵倒されたことの方に腹が立っていた。
特に隼先輩は…
あんなに恵まれているように見えても、俺と同じような苦しみを経験しているのだから。
「…………キッモ……」
俺の言葉にみんなが黙っていたと思ったら、一人がそう呟いた。
「お前が先輩の何を知ってるんだよ。知ったかぶって正論めいたこと言ってんじゃねーよ。キモいんだよ!」
俺に一番話しかけてくれてた部員が、嘲笑うような顔で俺に詰め寄る。
「『自分のことはいいから〜』とかさ、まーたそういういい子ちゃんぶること言うんだもんな」
「つか聞いてたんだろ?話。それなのに聞き耳立ててこっそり聞いてたとかキモすぎんだろww陰湿すぎて笑えねえ」
「そのくせ自分だけは人の悩みを知ってますアピールして強がるとか…必死過ぎ」
全員が俺を嘲り、大きなで笑う。
部室に響くその笑い声は、耳をナイフで刺されるような音だった。
俺は、何を言われてるんだ…?
なんでこんなこと言われてるんだろう。
俺は、こいつらに何かしたというのか?
どうしてここまで、理不尽なことを言われなきゃいけないんだ……?
『海吏は、もっと自分に自信を持ってもいいと思う』
頭の中で、隼先輩の声が響いた。
あの日、俺にくれた自信と勇気……
「はー、せっかく明日はオフだからテンション上がってたのに。萎えたわ」
「モブがしゃしゃんなよな。不快になるだけなんだわ」
目の前で容赦なく俺を傷つけるこいつらは、俺よりも優れているというのか?
いや……そんなことはあり得ない。
『こんなに頑張れるのは、海吏だからできたこと』
『海吏のいいところが、みんなにも伝わったら俺はもっと嬉しいな』
俺は、こいつらよりもずっと色んなことに耐えてきた。
こいつらよりも、強い心で頑張ってきた。
なのに、それを分かってくれないのはこいつらがおかしいんだ。
俺はほんとは、すごい人間なのに………
こんなところで言われっぱなしの人間でたまるか!
俺は隼先輩に近づいたんだ。
もっと近づくには、こんなところで黙ってるわけにはいかない。
自分からもっと自分の凄さをアピールしていかなければ、こいつらには伝わらない……!
俺はこの時、人生で初めて自分を信じて行動した。
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