第11話 爽やか熱血教師の話③

しばらくそうしていただろうか。


隼は、俺の腕の中で小さく震えて泣いていた。



俺はそんな隼の涙を、一滴も残さずに受け止めようとした。



「………落ち着いたか?」



隼の嗚咽が聞こえなくなり、密着していた俺から軽く体を離したので、隼にそう聞いてみた。



「はい……ありがとうございます」


隼は俺と目を合わせ、まだ少し潤んでいる涙目と鼻声のまま、そう言って優しく微笑んだ。



「隼。これだけは覚えていてほしい。俺たち大人の言うことなんて信じられないかもしれないけど、俺だけはお前の味方だ。俺だけはお前を避けたりしないよ。………だからお前も、いつも通り俺に接してきて欲しい」



隼の身長は恐らく175cm前後だ。


182cmの俺は、少し隼を見下ろす形になる。


そして隼は俺を見上げながら、今の俺の言葉を聞いていた。



俺は、他の大人とは違う。



隼の感じる孤独や悲しみを理解し、受け止める存在でありたい。


その気持ちが今、隼に伝わってほしい……


俺が考えていたのは、それだけだ。




「佐伯先生、ありがとうございます…。」



俺の気持ちが届いたのか、隼はさっきまでの悲しそうな顔ではなく、少し安心したような表情で俺に礼を言った。



「……俺、最近ずっとそのことで悩んでたんです。どうするのがいいんだろうって…。だけどこんなこと、友達には相談できなくて…かと言って、大人に相談するとまるで責めてるみたいになりそうだったので…。だから……先生が俺の話を聞いてくれて、ずっと慰めてくれて……ほんとに安心したし、嬉しかったです。ありがとうございました」



時々悲しそうに口を緩めつつ、だけど真っ直ぐな瞳で俺に向かってそう言ってペコリと頭を下げた。



隼はまだ、完全に大人に対しての不信感を募らせてしまった訳ではないようだ。


まだまだ純粋で無垢な心を汚されないまま持っているんだ。



俺はそのことに大きく安心し、目の前のいじらしい隼をどうにかして救ってやりたいという気持ちでいっぱいだった。



「なあ隼。これからも何かあったら、真っ先に俺に相談してほしい。もちろん先生相手に言いにくいこともあるだろうが……」


「確かに先生方には言いにくい話もあります…けど、佐伯先生はあまりそういうのを意識しないまま話しやすいなって思ってます。もちろん先生として尊敬してますけど、一番何でも話せるのは佐伯先生です。」


「そうかそうかーそれはよかった!」


「はい。ずっと前から、佐伯先生は俺達生徒の気持ちも分かってくれるじゃないですか…だから、俺も今こうして先生と話せたおかげでかなり安心しました。」



俺は普段から「話しやすい」とか「いい意味で先生感がない」とか「近所の兄貴みたい」とか言われていた。


ぶっちゃけ、それって教師として適切なのかな?とたまに悩むこともあった。


だけど、俺の纏うそういう雰囲気が、こんなにも功を奏したことはなかったと思う。


隼の言葉を聞けば聞くほど、俺のやってきたことや意識してきた生徒への接し方は、決して間違いではなかったのかもしれないと思うことができた。



「お前にそう言ってもらえるのが一番嬉しいかも。………間違いなく、この学校でお前が先生たちとの距離が開いてるじゃん?物理的にも心理的にも。そんな中でも俺のことは変わらず思ってくれてるなら嬉しいわ」


「俺としては他の先生たちとも距離を縮めたいんですけどね…俺のことだけ腫れ物みたいに扱われちゃうのが少し寂しいです…」


「それはまあ、俺からも言っておくよ。特に奥山先生の代わりに来た担任とかはお前とこれからも沢山関わるだろうからな。あとは主任とかも」


「ありがとうございます…。」


「まあ、そんなに気負うなって。何でも俺を頼ってな」



ポン、と隼の頭を優しく叩いて俺は言う。



不思議と隼の為になることをしていると、正義感がいつも以上に溢れてくる。


まるでヒーローにでもなれるかのような錯覚に陥ってしまうのだ。




「隼。今まで俺とお前、電話でしか連絡してなかったよな?緊急時用に連絡先交換しただけで」


「はい。確かキャプテンと俺だけって…」


「うん。お前は2年のリーダーだからな。……あのさ、これからはもっと気軽に相談してもらえるように、LI○Nでのやり取りにしないか?その方が電話も無料だし、メッセージも送りやすいだろ?」


「いいんですか…?」


「いいよ。他の部だと割と顧問と部員がグループLI○N作ったりしてるからさ。」


「わかりました。…ありがとうございます」



俺はそう言って、隼とLI○Nを交換した。


本来であれば、教師と生徒のこうしたやり取りはあまり良くはない。


だが、私的なやり取りをしなければ案外許されている実情ではある。



「はい。これでいつでも気軽に電話とかもかけてきていいからな」


「ありがとうございます…!先生、アイコンに写ってるのは先生の彼女さんですか?」


「そーだよ。実は来月結婚する予定なんだw」


「そうなんですね!おめでとうございます」


「ありがと。披露宴で流れるお前らからのサプライズムービー期待してっからw」


「それ自分で言っちゃえばサプライズじゃなくなってますよw早速秘密裏に企画しようと思ったのに…w」


「んじゃ、ノットサプライズムービー期待してるわーww」



こんなやり取りをしながら、俺と隼は部室を出た。


さっきまで悲しみに暮れて泣いていた隼が、俺の冗談で笑ってくれたことがとても嬉しかった。


やはり、二人きりの空間でも何も起こらなかったじゃないか……



俺はそれを実感すると、再びあの会議での決定に腹が立ってきた。



俺は、大丈夫。



他の大人とは違う。


心から隼を心配し、気にかけ、味方になってやることができる。




そう信じて疑わなかったのだ。


そう、あの時までは……






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