暗闇の結末、未熟な物語り
「ふぁあ……クッソ、ねむ……」
康介の
「ふ……あぁ……まーた朝まで、絵本でも描いてたんじゃないの?」
「……。だから絵本なんか、描いてねえって」
「だろうね。康介ってネタだけ温めて、完成させない中途半端な男だもんね」
「んだとぉ! バカにするなッ俺だって絵本の一冊や二冊……三冊は、完成させてるっつぅの!」
「じゃあ何で、今まで私に見せた事ないのさ?」
私は視線で康介の図星を指す。ほーら、目線逸らした。絵本を完成させたのは多分、嘘じゃ無いんだろうけど、妙な意地があるんでしょ、どうせ。
「一番最初に読ませるのは、子供だって決めてんだよ!」
「ふーん。じゃあ昨日のルーズリーフも、子供に読ませる為のもの?」
「何のことやら。あれには、数学の計算式書いてあったと思うぜー。そんなのも分からない由衣さんは、お馬鹿さんかなぁ?」
「馬鹿はどっちか、読み聞かせてあげるよ」
——夜が明けない世界で暮らす
女の子の元に 一粒の流れ星が
落ちてきました
その星は猫みたいな姿をしていて
空から落ちた時に 身体が欠けて
怪我をしたようです
女の子は流れ星の怪我を
手当てしてあげました
そして星と女の子は
友達になったのです
「な……ッ由衣⁉︎」
女の子のお家は真っ暗闇でしたが
星の光が明るく照らします
暗闇しか知らなかった
女の子は光の
温かさと眩しさを
初めて知りました——。
「康介には、これが数式に見えるんだ?」
これが、あんたの描いたものなんだよってよくわかるように、康介に聞かせてやった。
「……。何で明確に覚えて読み上げられんだよ。あれクッソ読み難い、
「これが保育士試験に備えてる、頭脳ってワケ。で、どういうストーリーなの?」
「わぁったよ、俺の負けだ」
これ以上誤魔化せないと認めた康介は、ジーンズの両ポケットに深く手を突っ込んで、頭の影に隠したアイディアを照合するかのように明るい朝空を見上げた。こういう
「——暗闇に閉ざされた世界が舞台さ。そこに暮らす女の子の元に、一匹の流れ星の猫が落ちてくる。友達同士になった猫と少女の、世界の姿を明かす旅を描いた物語だ」
「へぇ〜。動物と人間の絆モノって、いいよね!」
「なんで由衣が、ワクワクした顔すんだよ。でもよ、少女が星の光で世界を知る度に、猫の身体はヒビ割れてく……このままじゃ、猫は砕けて消えちまう。少女は迷うんだ、旅を続けるかどうかを——」
空を見上げながら歩く康介が、淡々と物語を言葉にしていく。完成した絵本を見せて貰った事は無いけど、康介の言葉選びや物事の捉え方はいつも魅力的。だから私は、早く読んでみたい。康介が描いた可愛い絵を、康介が紡いだ物語を。
「それで、猫と少女はどうなっちゃうの?」
「……考え中だ。もう、三ヶ月は手が止まってる。暗闇の世界の住人になったみたいに——結末が、見えてこねぇんだよ」
「そっか。大変だもんね、お話作るのって。私は物語なんて考えつかないから、素直に尊敬できるなぁ」
それは本心から言った。私はただ保育士行きのレールの上を徒歩で歩いているだけ。簡単じゃないし、苦労も必要だけどいつかは辿り着く。私は恵まれている方だよ。
「もっと読んでみたいな、その物語」
自分から選ばれにいかなきゃいけない世界で、康介は頑張ってる。夢を叶える努力っていうのは、本来こういうのを指すんだと思う。何があったか知らないけど、自信持って欲しい。ライバルだから並んで歩く事しか出来ないまま、私は心から背中を押した。
「どうかな。由衣に読まれて、ハッキリしちまった気がする」
並んで歩いていたのに、康介は私より一歩後ろに下がった。私が軽く振り返ると、いつの間にか空を見上げるのをやめて、足元の暗いコンクリートを見つめていた。
「読みづれえ
「なにそれ……どういう事?」
「由衣は、音読うめーなぁって話だよ〜」
康介は、くああと
「あー! 土よう日のパパだあ!」
不穏を吹き飛ばす、無邪気な声。すると、目の前から小学一年生くらいの女の子が、康介の腰に手を回してガバッと飛び付いた。その子は今からボランティアに行く学童保育を利用している、
「おーお!
「おはよぅ、土よう日のパパーッ! ゆいおねーちゃんもいっしょだぁ!」
私は腰を下ろして、小春ちゃんと目線を合わせる。本当、子供ってかわいいなあ……。これだから、毎週土日にボランティア行くのが楽しみでしょうがない。
「おはよう、小春ちゃん。今日はパパの肩車一番乗りだね!」
「やったぁ! かたぐるま、かたぐるまーッ!」
「おーし、学校まで小春ちゃんの貸切だぞ〜」
康介は、セイッと小春ちゃんを肩車してあげた。こういう時、康介みたいな男子がいてくれると本当に助かる。子供の遊び相手も、体力勝負だし。
「わぁい! 土よう日のパパかしきりー!」
「小春ちゃん、俺の事はこーすけお兄ちゃんって呼ばなきゃダメだぞー?」
「ええ〜? なんでえ?」
「日曜日から金曜日までの小春ちゃんのパパに悪いのと、……大人の誰かに聞かれたら、事案って言われちゃうからだよ」
「んん? よくわかんなーい!」
小春ちゃんを肩に乗せた康介は、足早に学校を目指していく。残された私は後ろから、その背中を見つめた。姿だけで伝わってくる、康介も私と同じくらい子供と関わるのが好き。だから、子供に好かれる絵本作家になる所を私に見せて欲しいのに——。
「パ……⁉︎ え、ええ⁉︎」
ライバルの背中を追う私に、妙な視線が注がれてる。これだけで誰だか分かる。今横切ろうとしたバス停に、これから遊びに出かけるであろう咲耶がいた。ああ、そのアタフタした顔でこれから何言おうとしてるか予想できる。私は、袖をクイッと下ろして訂正の準備をした。
「パ……ッ土曜日の……ッ⁉︎ パパッ、パって、つまり父ちゃん⁉︎ え。あれゆいゆいと真壁君の、いつの時の子ど…ッ!」
「はい、はい、誤解。誤解」
私はぐしゃあと、咲耶のチョロ毛をチョップで潰した。だから私と康介はそんなんじゃない、男女が並ぶとすぐ恋愛に結び付ける価値観、私は嫌いだ。
「ぎゃあああッ咲耶ちゃんのチャームポイントが破壊されたあああぁああああ! それよりこれで付き合ってないってマジあり得なッモゴ……ッ⁉︎」
私は騒ぐ咲耶の口を塞ぐ。私の手にモゴモゴ言葉が響く度、さっき康介が言った事が気になった。私の音読が上手いって、褒め言葉なんだろうけど自虐に聞こえる。康介にとっても、私にとっても。
絵本作家が大変な世界なのは、私なりに把握してたつもりだった。でも、思っている以上に——
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