幼馴染が私に、絵本を読ませてくれるまで

篤永ぎゃ丸

夢が、ひび割れる

よるがあけないせかいでくらす

おんなのこのもとに

ひとつぶのながれぼしがおちてきました


そのほしはねこみたいなすがたをしていて

そらからおちたときに

からだがかけてけがをしたようです



おんなのこはながれぼしのけがを

てあてしてあげました



そしてほしとおんなのこは

ともだちになったのです




おんなのこのおうちはまっくらやみでしたが

ほしのひかりがあかるくてらします



くらやみしかしらなかった

おんなのこはひかりの

あたたかさとまぶしさを

はじめてしりました



「——なーに、かいて……んのッ!」


 濃いめのシャーペンでそう書かれた読み難い文章を目で読み上げた後、机に広げられていたルーズリーフをペラッと後ろから奪い取る。


 高校の休み時間。周りはガヤガヤ騒がしいのに、ただ一人、背中を丸めて静かに過ごしていた男子高校生——私がすぐ近くにいるのに気付かないくらい、これを書き進める事に夢中だったみたい。


「なッ……か、返しやがれ!」

「これ、絵本の下書きでしょ〜?」

「……ケッ! 由衣ゆいには関係ねぇよ」


 私、樋口由衣ひぐちゆいからルーズリーフを奪い返した彼は、私の幼馴染である真壁康介まかべこうすけ


 机の上はコンビニスイーツのゴミや今日の授業に無関係な教科書、消しゴムのカス、勉強に使ってないルーズリーフの山、ごちゃごちゃした机の持ち主に相応しい、整理整頓が出来ない系男子だ。


「俺に何の用だよ……」


「俺に何の用……じゃな——ッい! 康介こうすけだけだよ、進路最終希望用紙出してないのッ!」


「うげッ……マジか!」


「さっさとしてよ! 先生から言われるのは、学級委員の私なんだからね!」


 康介こうすけは慌てて、机の中をガサゴソし始めた。二学期が始まり、本格的に進路に向けて各々動き出さないといけない時期。私も、保育福祉系女子短大の受験が控えてる。


康介こうすけってやっぱり美大とか行くの? コンテストで頑張るのもいいけど……やっぱり、出版社に就職するのが、一番の近道だと思う!」


 私と康介こうすけは幼馴染。両親は共働きで、子供の頃はずっと——保育園と学童で一緒に過ごしてきた。その中で仕事熱心な親に甘えられない、子供の寂しさを埋めてくれる、保育士さんに強く憧れた。


「絵本の編集さんになるなら、文系のスキルが必要って話だし、四年制の大学は出た方がいいみたいだね」


 同じ境遇の中で、目の前にいる真壁康介まかべこうすけは、施設にあった絵本に感銘を受けた。そして将来は、絵本作家になる事が夢——。小三の夏、康介こうすけは『はらぺこあおむし』を大事そうに抱えながら私に言った一言がある。今でも、鮮明に覚えてる。カッコよかったから。


「日本のエリック・カールと呼ばれて、保育士よりも子供に好かれる絵本作家の男になるんでしょ!」


「……そんな事、言った覚えねぇよ」


 康介こうすけはとても寂しい言葉を言った後、雑に押し込んだせいでくしゃくしゃになった紙を、机の中から出して私に手渡した。今の一言に心がざわついたけど進路希望だけは、これだけは裏切らないよね——?



「……工業系の……進学、就職……?」



 思わず声に出して読み上げちゃった。そこには、絵本作家に続く道標が、一つも示されてない。信じられなかった。膨らんだ期待が、風船みたいにパンと割れた。


「……他でお金稼ぎながら、新人賞とか頑張るの?」


「新人賞って何の事だよ。最近、設計技術とか興味湧いてきてさ。親も後押ししてくれるし、進路指導の先生も問題無いって言ってくれた」


「なにそれ……だって、康介こうすけは——!」


「なんで、由衣ゆいがそんな顔すんだよ……」


 康介こうすけの心配そうな声が、胸を更に締め付けた。きっと、不幸のどん底に落ちたような——そんな顔を、私はしてたと思うから。


「……。とにかく、俺はもう『絵本作家』を目指してねぇんだよ」


「そんな……何かあったの⁉︎ だって、そのルーズリーフにある言葉は、絵本の……ッ」


「……次、選択授業だから。俺に構わず、由衣ゆいは大学受験の事だけ考えろ」


「待ってよ、康介こうすけ!」


 ガタ……と、私の声を遮る様に席から立ち上がった康介こうすけは、次の授業で使う教科書を片手に抱えて教室から出て行ってしまった。


 残された私はもう一度、進路希望用紙を見る。何でこんな事になっちゃったんだろう。私を出し抜く為に、変な画策する癖はあるけど——絵本作家を諦める言葉だけは、口にしなかったのに。


「私が頑張る理由——無くなっちゃう……」


「ゆーいゆいッ!」


 パンと両肩を叩かれて、私はビクッと後ろに振り返った。そこにいるのはクラスメイトの女友達、五十嵐咲耶いがらしさや。頭頂部に小さく結ったチョロ毛が、気さくで元気な咲耶さやを象徴してる。自分の事を、私とかじゃなくて咲耶さやちゃんって呼ぶのも特徴。


真壁まかべ君から回収できた? 進路希望用紙」


「うん。康介こうすけのせいで先生に怒られるとか、死んでも御免だし」


「ふぅ〜ん……あのさあのさ。高校生活もあと半年無いし、この際ゆいゆいに聞きたい事あるんだけど」


「なぁに?」


 私は咲耶さやに背中を押されて、教室の隅に追いやられる。周りに遠慮してるのか、声が響かないよう控えめな姿勢になった。


「ゆいゆいって彼氏いないよね?」


「いないよ、当たり前じゃん」


「あ、あたりまえ? じゃあ……単刀直入に言うけど、真壁まかべ君とゆいゆいって本ッ当〜に、付き合ってないの?」


「付き合ってないけど?」


「動揺すら無しかい! だってさぁ、あんたらってどっからどう見ても、カップルにしか見えないって」


「例えばどの辺りが?」


「ん〜。例えば、下の名前で呼び合ってる所とか」


「物心付く頃からの腐れ縁だしね。苗字呼び、殆どしたことないし」


「それに、よく放課後一緒に帰ってるじゃん!」


「方向同じだし、家が隣だからだよ」


「えぇ……あ。休みに二人っきりで出かけてる所、咲耶さやちゃんはみたことある! あれってデートでしょーッ」


「あれは、康介こうすけが学童ボランティアの頼み事を断れないからだよ。小さい頃に色々、世話かけてるからね」


「ぐ……ほ、ほら! なんか二人って話が合うっていうかなんていうか!」


「そりゃ、子供にたずさわる仕事……お互い目指してるから……」


 手元にある進路希望用紙が視界に入って、私の返事に自信がない。でも咲耶さやはそれに気付かなかったのか、参りましたと頭を抱えていた。


「あーもう、マジで付き合ってないっぽいじゃん、超つまんなーいッ!」


「私と康介こうすけが付き合ってたら、そんなに面白いの?」


「じゃあさ、例えばの話で真壁まかべ君に彼女いたらどう思う?」


「やだ。すっごいムカつく」


「ふふふぅん、ゆいゆいよ。それは俗に言うヤキモチって奴——」


「そんなんじゃないから」


「ゆいゆいの真顔、怖ッ! 分かった分かった。まぁ、幼馴染っての代表格だし、カップルにならないのも無理ないよね〜」


「はぁ? 私は負けないよ」


 今のが聞き捨てならなくて、グイッと咲耶さやに詰め寄った。私が康介こうすけに負けるなんて、絶対に嫌。私達はどっちがより子供に好かれる大人になれるか、真剣勝負してるんだから。


「ヒッ……な、なんでそんな怒ってるの⁉︎」


「負けって格付けされたら、誰だって腹立つでしょ」


「うぅん……ゆいゆいって、真壁まかべ君が好きなのか嫌いなのかよく分からないよぉ」


 腕を組んで、うむむと唸る咲耶さやの言ってる意味が分からないけど、私が今イライラしてるのは確かだった。約束をすっぽかされたような苛立ちと、急に遊び相手がいなくなってしまったような……寂しさで、私の心はどうも落ち着かない。

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