ロマンスマモン

長宗我部芳親

ロマンスマモン

 白い霧が足元にモクモクと立ち込める冥界。

 カッコウの鳴き声が響き渡り、草木が生い茂る山奥のようなどこか。

 朝露の匂いに、湿った土壌の香りも漂ってくる。


 山を切り開いて作られたであろう空間に一軒、ポツンと庵のような建物が立っていた。縁側で日差しを浴びながら、銀髪の少女と金髪の少女が向き合って将棋を指している。下界を移す古池を他所に、互いに真剣な表情で盤面を見つめていたが、


「してやられた……っ、もう手遅れか」


 銀髪の少女が悔しそうに額に手を当てて、唸る。

 一方で、相対する金髪の彼女は口元に手を当ててクツクツ笑った。


「毎度貴様は詰めが甘いんじゃ、それじゃいつ迄も妾には勝てんぞ!」


 数百年前から旧知の仲である二人は違わず、今もこうして暮らしている。

 かつては下界で人間として天寿を全うした彼女達たちは、今となっては下界で暮らす子孫たちを見守る『』としてこの世界に君臨していた。 


 そんなある日。

 銀髪の少女は日溜りの縁側に腰掛け、何か物思いに耽ったような表情で視界に広がる景色を眺めていた。その様子を不思議に思ったのか、金髪の少女は首を傾げキョトンとした顔を向ける。


「どうしたんじゃ? 何か考え事かえ?」

「ああ、すまない。表情に出てしまってたか……」

「何を思い悩んでおるんじゃ。申してみよ」 


 金髪の少女は、銀髪の少女の隣に座ると彼女の顔を覗き込んだ。

 銀髪の少女は問い掛けに一瞬だけ躊躇ったが、ゆっくりと口を開く。


「わての物言いが悪いのか、皆に全て断られてしまってな。相手が見つからないのだ。いい子なんだがな、あの子は……」

「もしかすると、縁談の件かのう?」

「ああ、お主が気を悪くしないならば、の話だが……。どうだろうか」 


 銀髪の彼女は、金髪の少女の顔色を窺うように上目遣いをする。

 少し間をおいたと思えば、


「――わての血筋の子と、お主の子で赤い糸を結んでくれないか」 


 深々と頭を下げた。

 それは紛れもない懇願であった。


 彼女たち祖神には、務めがある。

 自分達の子孫にあたる一人一人の、運命の糸を結ぶというものだ。例えば、白の糸は結ばれた者同士の間に清楚な仲を作り出し、金の糸は結ばれた者同士の間に金銭で成り立つ仲を生む、といった具合だ。


 そして、本題の赤い糸――これは結ばれた男女の間に強い愛を育むという、いわゆる縁結びとしての役目を果たすためのものなのだ。冥界で暮らす祖神たちには、これらの糸を紡ぐという重要な責務があった。


 祖神が糸を結ぶためには、この冥界で暮らす他の祖神たちの協力が必要となってくる。片方が『ウチの子と糸を結んでくれないか』と申し出をして、その際にもう片方が承諾してくれれば、それで成立となる。

 つまり、お互いの合意によってのみ成立する仕組みだ。現世で俗にいう人脈の広さは、祖神の交友関係に深く関わってくるということになるだろう。

 その家系の存続は祖神次第なのである。


 しかし中には当然、受け入れてもらえない者もいる。

 それが今現在の、銀髪の少女だった。


「ふむぅ……。考えてやらんでもない」

「ほ、ほんとか!?」

「お前の子の話は散々聞かされておったからな。聞く限りでは、その子はよっぽどの問題児じゃなかろう。それに、お前の頼みなら断れまいて」

「ありがとう! 感謝するぞ!」


 銀髪の少女は嬉しさのあまり、思わず金髪の少女に頬ずりをした。

 金髪の少女はそれをうざったそうに片手で遠のける。


「近頃の祖神は、赤い糸を結ぶのなら相手はだのだのと騒いでおるが、儂はそういった類に一切興味がないからのう。そのせいで下界で結ばれぬ者が増えてるっていうのに……全く、愚かなものじゃわい」


 金髪の少女は呆れた様子で言う。

 "ぶいちゅーばー"とはなんぞやと、銀髪の少女は首を傾げた。


「別に気にせんでもええ。それより、早速支度に取り掛かるかのう」

「そうするか」


 少女たちは着物の胸元から、赤い糸を取り出し、その先端を丁寧に結びつけた。結んだ糸が切れないように古池の方まで持っていき、それを池の中へと投げ入れる。


「これで良し、っと……」


 銀髪の少女は小さく息をついた。

 水紋が走って古池の底に赤い糸が沈んでいく。やがて水紋が消え去り再び静まり返ったかと思えば、古池の水面に現世で暮らす男女の姿が浮かび上がった。


「……上手く結ばれたようじゃな」

「しばらく成り行きを見守ろう」

「一体どんな出会い方をするのか楽しみじゃの」


 二人は水面を見つめた。

 少し時間が経ち、水面に一組の男女の姿が映し出された。


「おおっ、出逢ったらしいぞ」

「どれどれ……学生時代に深い縁があった二人といった形かの。久しぶりに会って意気投合しておる」 


 二人は池の中を食い入るように見つめ続けた。


「お、この男。さきほど交換した『らいん』の連絡先とやらを、寝床で横になりながら真剣な眼差しで見ておるぞっ! フハハ、こやつお前とよく似ておるのう! 特に内気なところがそっくりじゃ!!」


金髪の少女はおかしそうに笑う。

対して銀髪の少女は恥ずかしそうに顔をしかめた。


「う、うっさいわ! ……むう、どうやらお主も大概のようだな。お主のとこの娘、偶然見つけた中学の卒業文集のある頁を一心に見入っておる。ほー、ふーん……」

「くう……お互い様じゃな」


 金髪の少女は銀髪の少女から目を逸らす。


「お。お前見てみい。後日、喫茶店で再会を果たしたたみたいじゃ!! 遠目から互いにちらちらしておる……」


 二人は今に急展開が起こるんじゃないかと期待を抱いていたが……


「あ、何事もなかったように帰りおった。じれったいのう」

「ここはいっそ帰り道に土砂降りの大雨でも降らせて、同じ軒下で雨宿りさせるのはどうだ」


 銀髪の少女の提案に、金髪の少女はニヤリと笑ってみせた。


「やってみるかのう……それ」


 金髪の少女が祈りを捧げると、古池の中が僅かに濁った。

 雨だ。水面に映る二人は急な雨に驚き、雨宿りをすべくひたすらに走っていく。息を切らしてようやく辿り着いた軒下。そこで二人は出会ったのであった。

 一言二言会話を交した後、二人は顔を赤らめて少し距離を取る。


「こういうときに傘を探しに走るのが男の務めじゃろうに……」

「いや、だがかえって良い雰囲気を生み出しておる。このまま、このまま‥‥おおっ、オナゴの手を握ったぞっ! よくやった!!」 


 銀髪の少女は興奮気味に手を叩き喜んだ。

 金髪の少女も同じく、喜びの表情を露わにし、隣の銀髪の少女の手を肩にかけた。

 終始、落ち着きが取り戻せない様子である。


「交際が始まったようじゃ、ここからは愛の勝負。いけいけどんどんじゃっ、どんどんいけえええ!!」

「逢い引きも順風満帆、上手くいっておる!! すっかり、かけがえのない関係に……あ、ああっ遂にきたぞ!! 愛の告白っ……!!!」


 銀髪の少女は興奮のあまり、鼻血を吹き出してその場で気絶した。

 金髪の少女は銀髪の少女のまさかの行動に驚きを隠せず、必死になって銀髪の少女の身体を揺さぶり続ける。

 古池の中に映る男女は、花びらの舞う教会で幸せそうな笑顔を浮かべていた。

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ロマンスマモン 長宗我部芳親 @tyousogabeyoshichika

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