第8話 家出姫、王都で放浪の精霊を探す。③

 私は眠気眼をこすりながら、闘技場の受付入り口の人だかりに並ぶ。

 昨日はほろ酔い気分のまま寝たのだが、どうやら、寝ぐせの悪いライラとウルティマの2人が私のベッドに侵入を図ってきて、私は残念ながら、彼女たちの抱き枕と化していた。

 結果、私は2人の脳内で繰り広げられる夢という名の妄想を耳にすることになり、朝まで落ち着いて眠ることが出来なかったのである。

 まあ、2人の方を振り返ると、お肌の艶も増していることから、さぞかし、私の血も吸われたのだろうと推測する。

 今日の試合中に貧血で倒れないことを祈るばかりである。だって、本来の目的を達成することが出来なくなってしまうのだから……。

 風の精霊・シルフに会って、私の呪いを解いてもらう――――――。

 それが第一の目的なのだから。


「で、あなた達も参戦するのね?」

「もちろんです!」

「うん! だって楽しそうじゃん!」


 いや、普通に魔王軍の幹部クラスに匹敵する力を持つライラと、それを十分に凌駕するブラックドラゴンのウルティマがこんな大会に出たら、競技場もろとも吹っ飛ばしてしまうのではないだろうか……。そんな不安が私の頭をよぎる。

 私はというと、どう考えても体型的にも「万物の聖典」は扱えないので、代わりに最近愛用中の「万物の聖典」の一部機能を有する指輪を付けて挑むことになった。

 まあ、早く風の精霊・シルフにお会いできればそれで問題は解決なのだが……。

 この武術大会の規則では、前回優勝者は死亡した、もしくは欠場を申し出た場合を除けば、大会に必ず出なければならない。

 て、悪夢みたいな大会だな……。

 そんな大会に私は1回戦から挑むことになったのである。

 一回戦の相手は亜人族のマットとかいう風貌からして狼男の一種らしい奴だった。


「おいおい。お嬢ちゃん、遊びに来る場所じゃねーんだぞ!」

「はいはい。いつでも始めれますよ」

「じゃあ、遠慮なく、首を頂くぜ――――――っ!!!」


 て、遅っ!!! 本人は至って流れるパンチを打ち込んでいるんだろうけど、こちらとしては、止まっているようにしか見えない。

 どうしよう。こんなの殴ったら、間違いなく目立つじゃないか。

 そうだ!


「何で当たらねーんだ、よっ!」


 マットが踏み込んだ瞬間、私はしゃがみ込んで右ストレートを受け流し、


「あ、靴に汚れが……」


 と、言って親切に。その瞬間、観客は度肝を抜かれる。

 マットは足を蹴られたようにグルンッ! と回転して、地面に叩きつけられる。

 もちろん、マットは気絶してしまい―――――、


「試合終了! 勝者、エリサ!」


 闘技場は歓声で震えるほどの盛り上がりになる。

 いやいや、まだ一回戦だというのに……。

 その後、順当にライラやウルティマも勝ち進んでいく。

 そりゃまあ、そうだろう。今まで戦った連中には、彼女らが床を蹴った瞬間すら分からなかっただろう。


「ライラ、ウルティマ、お疲れ様~!」


 選手控室で私は笑顔でライラとウルティマを出迎える。て、今日でこれは何回目だろうか……。

 とはいえ、彼女たちはまだまだ余裕といったところだ。


「みんな、順調に勝ち進んでますね」

「そうね! このままいけば、私たちの誰かとの一騎打ちになりそうね。ところで、昨日の宿屋で出会ったヘンクツみたいな名前の人っていた?」

「ああ、ハンクスだね。アイツならば、私がちゃんとやっつけてあげたよ!」

「ウルティマが!? ちゃんと生きてるんでしょうね?」

「大丈夫だよ! ちゃんと息はしてたよ……。ヒューヒューって」


 いや、それダメな奴じゃないか……。呼吸器系が明らかにおかしくなってるやん!

 その試合は私も試合中だったので、見てなかったから何とも言えないのだけれど、どうやら、ウルティマは宿屋のような優しさは一切持ち合わせていなかったようだ……。

 まあ、息ができるくらいまでにブラックドラゴンがしてくれているのだから、それこそ優しさなのかもしれないけれど……。


「ま、あと一回勝てば決勝の組み合わせの抽選が行われるわけだから、きちんと勝ち上がりましょう」

「かしこまりました」

「はーい!」


 私の激励に対して、ライラとウルティマは各々が目標を成就するべく頷いた。

 私も決勝まで勝ち進むべく、気持ちを新たにして、試合会場へと向かう入口に向かった。




 準決勝の相手は、明らかに知っている奴だった。銀髪のストレートな髪にエルフ特有のピンととがった耳。そして褐色の肌からそれがダークエルフとわかる。

 魔王軍幹部で魔法剣士のルークだった。て、何でアンタがここにいるのよ!?

 どうやら、ルークが小さくなった私をエリザベートだとは気づいていない様子。だが、ライラはそのまま変装せずに出場していることから、私がこの会場にいることは最早バレていると考えていいだろう。

 とにかく、ルークを倒しかない!

 ルークが地を蹴る! と、同時に私の目の前に姿が現れる。


(――――早っ!?)


 私は繰り出される蹴りをリンボーダンスのように上体を反らして回避する。

 が、このままでは相手に隙を作ることになる。が、私は次の瞬間、両手を地につけて、それを軸にして体を回転させる。そのまま向かってきたルークに対して回し蹴りをする格好になる。

 が、それを間一髪でルークは回避し、連続でバク転をして、私との間合いを取る。


「「「わああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」


 一瞬の攻防だったが、観客にとっては良い見世物になったことだろう。

 私はルークに対してジト目で睨みつける。

 ルークは私の方を見て、銀髪をさらりと解き流す。


「なかなかいい動きだ。魔王軍に入ってほしいほどだよ」

「あら? スカウト? 残念ながら、そういうのは興味がないの」

「実に残念だ。では、脅威はここで消してしまおう」

「……何とも物騒なことを……」


 言うが早いか、ルークが抜き放った剣による連撃が衝撃波となって、私に向かってくる。


「『氷弾』!」


 私の放った魔法は衝撃波にぶつかり破壊される。クリスタルがキラキラと輝いているように闘技場に粉砕された氷が舞う。

 その中を一筋の刃が空気を震わせる!


「―――――!?」


 私は逆に刃の方に向かって地を蹴る!

 この刃の出し方は、「突き」の形―――。ならば、そのまま突っ込んで、身体に直接魔法を叩き込むのがベスト!

 私は左手をルークの腹部に押し当てて、魔法を作動さ――――、


「甘い!」

「―――――――!?」


 ルークは咄嗟に左足で私を蹴り上げる。

 ゴヅッ!!!!

 と、嫌な鈍い音が闘技場に響く。私は後方に弾き飛ばされる。

 さらに、その反動で地面に叩きつけられた。


「ぐはぁっ!?」


 口から真っ赤な鮮血が飛び散る。下顎を蹴られることは何とか回避しようとしたが、それに気づいたルークは私の腹部への攻撃に切り替えたようだ。

 おかげで腹部への防御が遅かった私は、少し内臓を傷つけられたようで痛みが激しい。


「おやおや? ここまでか?」


 私は足に力を込めて、立ち上がる。

 そして、右手に紫色の魔法のたまを作り、腹部にねじ込む。

 治癒魔法。当然、私のような魔族でも使うことは可能だ。ただ、光属性ではないため、禍々しい魔法の珠を使うことになり、周囲から引かれてしまうが。


「そ、それは闇属性の治癒魔法? そんなものが使えるのは……」


 ルークは額に変な汗を浮かび上がらせる。

 ジリジリと私は一歩ずつ前に出る。それに合わせるようにルークは引き下がる。


「もうね、私、プッツンしちゃったのよ……」


 私の体の周囲には禍々しいまでの黒紫の魔力が帯び始める。

 当然、観客席からの歓声もいつの間にか止み、その魔力に注目し始める。


「ま、まさか……貴方様あなたさまは……」

「こんな成りだけど、この魔力を見れば誰かわかるわよね?」

「…………………!?」


 そのあとは一気に私のターンだ。ルークのターンなどない。

 重力魔法でルークを地面に固定し、そこに氷、炎の魔法をありったけぶち込む。

 爆煙の中から響くのはルークの悲鳴のみ。明らかに私の圧倒的な力押しだ。

 実はさっきの魔法の珠は治癒魔法の一種でもあると同時に、「限界突破」させるための技法の一種だ。

 普通の姿ならば、このようなことをしなくても、ルークくらいなら倒すことも可能なのだが、今は小さくなってしまってステータス的にも若干本来の姿よりは劣っているための措置だ。

 私は審判員の横にスチャッと降り立つ。

 審判員は「ひっ」と小さな悲鳴を上げるが、私は気にせずに話し始める。


「えっと、確認します?」

「あ、あの……」


 私が指さす先には、クレーターと化した場所にダークエルフがボッコボコになった状態で伸びていた。

 もはや、確認の必要がないというくらいに。


「勝者、エリサ!!」


 審判員の掛け声とともに、闘技場は大きな歓声に包まれた。

 それは緊迫した状況下で溜まりたまった緊張の空気を観客が吐き出したような歓声だった。

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